ボンゴ
「幼稚園には、行っていたかい?」
「うん、丘の上のホテルから。おじちゃんがいったとおり、すてきなホテルだったのよ」
コート姿の女は規則の決まらないヒールの音を立てた。アプローチの床石を踏んで、一瞬だけ屋根の色を確かめた。俺の様子を伺うようにして見て、俺の掘った穴を見て、また俺を眺めた。
「もう終わりですね」
気高い瞳だった。俺は黙った。
ハンチング帽の男はボヤいた。義烏(イーウー)にいかがわしい物を運んだり、義烏(イーウー)からいかがわしい物を運んでくるのもこれで最後だ、とぶつぶつ垂れて、麻雪の娘の頭を撫で、二階へ行って眠るように伝えた。
二階の明かりがしっとりとした土を濡らすのを見届けてから、ハンチング帽の男は体を完全に麻雪に向けた。
「大層な穴だな。お前が入るか、このツルハシ男が入るかは、お前の選択に任せるよ。誰の骸でも土を被せてやるし、残された娘の面倒を見るのも私の役目だ」
ハンチング男がルート・リボルバーを麻雪に手渡した。その滑らかな頰に近づき、ひそひそと呟いた。麻雪は二度頷いた。ハンチング帽は、クライスラーのドアを開けた。
真空の中のひとつの小爆発が火花を散らし、去っていった。殺し屋とそのターゲットの女を置いてけぼりにして去って行ったのだった。クライスラー300が阿弥陀籤の小道を去って行くときに、俺はほとんど感じたことのないうねりの中にいた。それは自分の体から確かに湧いてくるもので、また外側からも押し寄せるもので、ひたひたと、俺の体をつつむのだった。
ハンチング帽は、俺に麻雪を殺すなとは言わず、麻雪もそこから逃げようとはしなかった。奴は俺が、麻雪を殺さないと信じたのだった。