ボンゴ
麻雪は獣めいた動きで、じっと俺の目を見て、俺の腕を見て、肩や胴体を眺めて、訊いた。その人が俺に近寄り、心の内側に入った時に、クランプで肋骨を締め付けられたように感じた。その人は、俺を愛していた。確かにそうであるのがわかった。
「キリストはほんとうに赦すと言ったんでしょうか」
二階の明かりが消えて、甘い樹液の香りが森を包んだ。きっと麻雪の娘がねむったのだろう。世界を信頼して、疑うことを知らずに、明日の朝のぼる太陽がいつものように永劫に世界を包むのを知っているのだろう。
「聖書は、キリストが死んでから何百年か後に、キリストを知らない人が作ったってきいたの。ねえ、本当に人はキリストをあんな風にころしたのかしら? それに、ねえ。赦すと言われたら、頭がめちゃめちゃになるほど苦しくなるわ。だから、もうやめて、お願いって祈ったの。赦さないでください、どうか。ずっと、あなたの心の中に私をとどめてください。もうどこにも行かないでって」
麻雪はピストルを眺めて、目を輝かせた。
「明日の日没後、八代の埠頭に繋留柱を七本建てる工事をするの。日没の後は、埠頭への道には鍵がかけられる。タカムロ社長は明日、日が沈んだら、その工事を見に来るの。もしも、彼が、私をこれからも消そうとするのなら、これを使って欲しいの」
女は俺の腕を握った。柔らかかった。こめかみで翻ったのは、一瞬だけのアカプルコの屋根。見知らぬ天国。全身が、炎のように脈打った。どんな罰を受けてもいい。地平の向こうで音が鳴った。俺はルート・リボルバーを受け取った。
了