ボンゴ
ポケットからマルボロを取り出した。フィルターにアカプルコ色の塗料がついている。スマホでラジオにチャンネルを合わせた。スターライトという歌が流れていた。今日は流星群が見えるとか。しかし空は聖なる怪物のようにひっそりとしている。
ふと、光は無いのに音だけが近寄った。森の中の未舗装の道を踏みしめる音だった。リム径のやたら大きい車体だろう。ぎしぎしと空気をしならせている。木製の門扉の向こうに、古い血液色のクライスラー300が、現れた。ヘッドライトの片目がチカチカ瞬いていた。車はゆっくりと境目のない庭の中へ入ってきた。
革張りのシートに座っているのは、すんぐりとした男で、額は灰色だった。男は重厚な動きで車から出た。黒いハンチング帽を被っていた。白眼は黄ばんでいて、大きな皺だらけの額は、前に張っている。
靴だけが妙に間近にあるように光っていて、背丈の割に大きかった。ほんとうに光っていて、やけに大きい。俺は背中に汗をかいた。
「麻雪の娘に、土産だよ」
男は言った。こじんまりした黄金色の宝石箱の中身は、サッカーボールの形をしたチョコレートだった。
「麻雪の家の修理の工事契約書は、誰と交わした?」
とすぐに俺に訊いた。
男は自分の正体も明かさないまま、もう、俺が誰かをすっかり認識していた。俺はフィルターを噛んだまま黙っていた。肩が強張った。男は右を見て、斜め下を見て、不得手なことも時々させるもんだ、と濁って苦いような声で愚痴り、家の中に歩いて行った。すぐにキッチンの明かりが灯った。