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~そこまで~(番外編)

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駅の改札前にある小さな広場で倉泉悠里は一人たたずんで、流れ行く往来を見つめていた。
 陽は長くなりつつ、春はそこまで来ているけどまだまだ寒く、吐く息がマフラーを通って白い姿を露にしては眼鏡を曇らせ、やがて消え行く。時計をチラ見して、視線を遠くにやると陽は沈み辺りが暗くなっていく。ひとつの節目を終えて街は新たな生活をはじめようとしているのが一人一人の往来を見ればわかる。とりあえずの進学先が決まった悠里は、気分も少し開放的になってきた。春が待ち遠しい。

 悠里はここで同級生の坂井湊人を待っていた。
 彼とは同じクラスになったことも接点もなかったが、先日訪ねたライブハウスで演奏する姿を見て知り合い、二人がいつも出入りするスタジオにいる共通の知り合いがいることを知って近い存在になった。
 その時のライブのあとで屈託のない顔で、
「受験が終わったら俺に英語教えてくれないか」
と言われて断れずに受けた湊人の誘い。未だ具体的な目標を決めていない自分と違って湊人は進学をせずに将来アメリカで音楽活動をするという夢がある。その純粋でまっすぐな希望に向けて進む姿を見て、その国の血をひく悠里は何かの力になりたいと素直に思った。

 四分の一はアメリカ人でも、日本生まれの日本育ち。教えるほど英語が上手に話せる訳ではないうえ、母語が英語であるクラスメートがすぐそばにいるのに自分を指名したことに悪い気はしない。
 悠里にも湊人を呼ぶ用件があった。未確定ながら、高校の謝恩会でライブをする話が上がっていて打ち合わせを少ししたいのもある。進路も決まり気分は良い方に向いていると実感できる悠里は、初めて一対一で会うことに気持ちは少しドキドキしていたが、気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐くと白い姿を見せて上方に散らばって消えた。
 
 高架の電車がゴトゴト音を立てて上にある駅で停車した。そして程なくして乗客が次々と改札を通る。遠巻きに改札を見ても彼の姿は見えない。これで2本目だ。だからと言ってイライラしない、目の前で犬とじゃれあってる小さな子供の姿に自分の甥っ子をダブらせて微笑むと時間のことは気にならない。今度は反対側から電車がやって来て上の駅で停車した。
 改札を見ても湊人の姿はない。上からは警笛の音が聞こえるとすぐに電車が反応して、大きな音を立てて進み出す――。

「倉泉!」
 悠里は後ろから突然肩を叩かれて、ビックリして飛び跳ねた。後ろを振り返り声の主を見ると、この時期にしてはコートも羽織らず軽装の湊人が立っている。
「ごめんな、待たせた?」
悠里は首を横にふった。待たされたという感じはなく、待つことを終えたのを確認できて自然に笑みがこぼれた。
「ううん、全然.。でも、どこから来たん?さっきから改札見とったんやけど」
 右手でマフラーに手を当て左手で後ろの改札を指差した。ポケットに手を入れて寒そうにしている湊人ははにかんだ笑みを浮かべて悠里の顔を見て様子を伺っている。
「今日は、車で来たんだ」
「車?」
「そう、ほら、見てよコレ」
 湊人は嬉しそうに内ポケットの財布に大事に入れていたものを悠里に見せた。湊人の顔写真に、住所氏名――、これを持っていない悠里でも、それが運転免許証であることは十分にわかった。
「すごい、免許取ったの?坂井君」
「おうよ。車はマスターが今日一日貸してくれたから、コレで行こうぜ」
 得意気な湊人の表情が悠里には面白く見えた。今日自分を呼び出したのは、車に乗ってきたことを見せたいのが様子でわかる。学校のそれとはちょっと違う同級生の顔を見ると、結んだ口が自然と横に伸びた。
「さ、乗って乗って。といっても楽器搬送用の車だからあまり快適じゃないけど」
 湊人は道路の方を振り返り、脇にハザードランプを点けて停車してる小さなバンに向かって歩き出した。後ろを見ると真新しい初心者マークがしっかり付いている。

作品名:~そこまで~(番外編) 作家名:八馬八朔