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文目ゆうき
文目ゆうき
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睡蓮の書 三、月の章

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上・夢・2、襲来



 複数の敵の気配を捉えたシエンは、中央神殿の周壁北部にその姿を現した。カナスは既にその手に槍を握っている。
 闇夜に半ば溶け込むように、地に立つ「創造物」そして北神らの影。わらわらと湧き立つその様子を見るに、数は五十にも及びそうだ。
 神々の戦いは、数対数の勝負にはならない。圧倒的な力を用いるものがあれば、それに対抗できる力が相手側に存在しない限り、たった一つの力が大きな影響を及ぼす。
 敵をみとめたシエンがまず行ったことは、そこに同属同位の存在、つまりセトの存在があるかという確認だった。それはすぐに否定され、シエンは彼自身のもつ力を見せ付ける。守りの力に最も長けた地属の長の力で、彼らと北神との間に巨大な壁を立ち上げたのだ。
 だがその瞬間、北神らの気配のいくつかが壁の向こうから素早く神殿側面へと回り込む。それを捉えたシエンは、力を広げ神殿の四方を巨大な壁で覆った。
 壁にいくつかの力が衝突する。そのうち、壁を越え上空から攻撃してくるものが現れた。翼をもつ創造物たち、そして風属神と力ある神々だ。敵の攻撃が結界をゆるがせる。守りにおいては最強を誇る地の力も、素早さでは劣ってしまう。敵に二撃目を許したシエンは、地に腕をついて砂礫を引き上げ上空の敵を襲わせた。
 しかしその間に、目の前の壁がみしみしと音を立てたかと思うと、一部が砕かれてしまった。一点集中の攻撃、その部位が他より黒く沈んで見えるのは、水を染ませて強度を弱めたためだろう。
 壁の一部が崩壊すると、そこを狙って敵の攻撃が浴びせられる。音を立てて崩れ視界を広げてゆく壁をよそに、シエンは地に身を屈めたままその力を這わせ、遠く群がる北神らの足下に地割れを引き起こした。
 突如地に開いた亀裂に、とっさに地を離れることの出来なかった「創造物」どもは次々と地に呑まれ、低位の神々の間に混乱が広がり、敵の態勢が崩された。このまま一気に力を広げ、敵の戦力をそぐことが出来れば――。
 しかしこの絶好の機会に、シエンは次の力を用いようとしなかった。傍らのカナスが訝りふり返ると、シエンは先ほど地に力を伝えたその体勢のまま、肩で激しく息をしていた。……無理もない、ほんの数時間前まで北神と戦っていたのだ。体力に自信があるとはいえ、これほど大規模な力を連続して用いれば疲労はかさむ。北から戻った後の回復の時間も、充分ではなかった。
 その隙を狙い、北神側から攻撃を仕掛けられた。雨のように注がれたのは黄金の矢――それらをカナスは槍で払い落とす。しかし攻撃はそれで終わりではない。どこからともなく炎が湧き起こり、風に煽られるように次第に勢いを増して二人に襲い来る!
 シエンが力を振り絞り、気休め程度の小規模な壁を立ち上げようとしたそのときだった。シエンとカナスのいる場、そこだけを避けるように、激しい風が巻き起こった。視界すべてを風の渦で埋め尽くさんとするその力を前に、炎は見る間に四散し消し去られる。神殿の側面にまわっていた少数も、その場から引き離され掻き出すように北側の群れへと戻された。
「遅くなったな」
 羽音と共に上空から注がれた声。東に住まう風神ヤナセだった。
 左右に広げた白の翼がふうっと消え、彼の両腕に戻ると、軽やかに着地したヤナセは腕を組み、数を減らした北神らを見遣った。
「防ぐばかりでは退けられんだろう。大掃除は私の得意技だ」
 そうして、にいと目を細めて笑む。シエンは安堵したように笑みを返すと、呼吸を整え、その手に剣を握った。
 敵に最高位のものが複数いさえしなければ、このまま圧し返すことも可能かもしれない。少なくとも、ヤナセが加わったことで北は慎重にならざるを得ない。最高位の神が二人揃ってしまったのだから。
 ヤナセが力を再び示す前に、神殿内から北神ら目掛け鋭い閃光が放たれた。シエンたちの間を貫くようにほとばしるそれは、世界そのものを白に染め上げ、北神らをその光で払うように撫でてゆく。――太陽神ラアの力だった。
 光が収まった後の世界には、何一つ変化がなかった。少なくとも、シエンたちには初めそう見えていた。北神らは光にさらされただけで、焼かれるでもなく、悲鳴も混乱もない。……だが注意深く観察していると、確かな変化を知ることができた。北神の誰もが、ぐったりと疲労の様子を見せていたのだ。中には膝を崩し座り込むもの、肩を大きく揺らし呼吸をするものもあった。
 太陽神のつかさどる力の性質は、「動」的なエネルギーといえる。ラアはその力で、北神らの体内の運動エネルギーを急激に活性化させ、激しい疲労を生んだのだろう。
 絶好の機会を二度も逃しはしない。ヤナセは即座に風を纏い上空へ舞うと、自身を軸に巨大な竜巻を生み出した。
 激しい渦を巻き、地上にあるすべてを巻き込まんとするその力に、下位の北神らが成すすべなく呑まれてゆく。亀裂と共に盛り上がった岩盤をかき崩し引き上げ、同様に神々をその渦の一部としてゆく。運よく、または力をもってそこから逃れた神々はその渦を避け、より遠ざかるか、シエンらを狙ってくる。その“取りこぼし”を、カナスがその槍で、シエンがその剣で捉えようというのだった。
 ヤナセが神殿の守備範囲をしばらく越えてその力を収めると、渦に取り込まれていた北神らは遠心力で四方に投げ出された。これだけの力に晒されれば、無事ではすまない。少なくとも、回復に時間を要するはずだ。ヤナセはすぐにシエンらのいる場へと引き返す。そこへ、この隙を狙っていたかのように後方から炎の渦が巻き起こった。
 先ほどと同じく、その炎は風に煽られるように勢いを増し、ヤナセの背後に立ち上がる。ヤナセの長髪が巻き上がり、風が勢いよく炎へと注がれる。激しく衝突する二つの力、しかしほどなくヤナセの力が敵の力を押しやり、炎はまたも散りぢりになって消え去った。
 ヤナセはわずかに眉を寄せる。攻撃力を誇る火属と、他を補い力を数倍にもする風属の連携は攻撃の基本だ。問題はそこではなく、彼自身が長として立つ風属の、その力。敵のもつ力の規模はそれほど大きいように感じないが、力の扱い方が自分自身とよく似ている。
(北の、『風神』か……?)
 彼の目はすぐにその主を捉えた。上空に浮かぶ、片腕のない年配の男。長い白の衣、肩下で真っ直ぐ切りそろえられた黒髪、こけた頬。男は皺を刻んだ口元に薄っすらと笑みを浮かべている。その瞳は、他の属長に比べ判別しづらくはあるが、確かに風属の長の特徴――薄茶を基調に、ゆらゆらとその色調を微妙に変化させるもの――であり、ヤナセ自身と同じだった。
「どちらが“ホンモノ”か、などと、競うつもりはないが――」
 ヤナセもまた、ゆっくりと笑みを浮かべ対峙する。
「長が二人あることは、混乱を招く元になるというからな」
 ひゅう……と小さな唸りを上げた直後、刃と化した風がいく筋もの軌跡を描いて大気を引き裂いた。敵もそれに応えるように風の力を引き起こす。……だが同位のものとは思えないほど、ヤナセの力ははっきりと敵の風神の力を圧していた。訝りながらもヤナセはその力を弱めない。風の刃は北の風神の身体を切り裂き、赤い血を散らしてその身体を地へと落とす。
(……どういうことだ)