からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話
2人が草だらけの岸辺に立つ。
絶望的な眼差しを、足元の流れに向ける。
やがて振り返り下方を見る。
500mほど下にあるはずの枯れ沼は、気配すら見えません。
中継点にそびえている一ノ瀬の大木が見えるだけで、その先にあるはずの
水路の終点は、視界の中にまったく入ってこない。
「お前さんたちときたら、猿並みの知識しか持っていないとみえる。
開拓の時代ではないぞ。
今時、スコップとツルハシで水路の復活なんぞできるもんか。
もう少ししたら消防のタンク車を持って、ここへ五六が登ってくるじゃろう」
「消防のタンク車・・・・
そいつを使って、水路へ水を流そうという作戦ですか。
乱暴です。そんな乱暴なことをして、周りの畑に悪影響が出ないですか?」
「枯れているとはいえ、もともと水路だ。
多少の水が氾濫しても、近所迷惑にはならないであろう。
それに途中にある畑といえば、おおかたが千佳の畑とわしと
五六の土地だけじゃ。
残った土地ば、ほとんどが耕作放棄地じゃ。
文句など、誰もは言いに来ないであろう」
「だがな」と、老人が言葉を続ける。
「いちど水を流せば、積もった邪魔な土はあらかた流される。
だが、問題はその後だ。
崩れた石積みや土手は、丹念に修復していく必要がある。
水を流すためには、かつての用水路の形を復活させる必要がある。
お前さんたちが言うように、やはり、スコップとツルハシは必需品じゃ。
体力を鍛えるのに、格好の仕事になる。
小手調べと思って、せいぜい汗を流すが良い。
男というものはおなごに惚れると、弱い部分が出来るからのう」
徳次郎老人に指摘された瞬間、思わず康平と英太郎が
顔を見合わせてしまう。
『ほほう・・・当たらずとも遠からずか。
2人とも少なからざる、心当たりがあると見える。
オナゴの髪は象をも繋ぐという。
大の男を2人を、自在にあやつるとは、まことにオナゴの色香には、
すさまじいものが有るようだ。いっひっひ』、
などと徳次郎老人が、独りごとのようにつぶやく。
(まいったなぁ・・・お見通しだぜ)康平が、コホンとひとつ咳払いをする。
「水はけのよい土地のほうが、桑の栽培に適していると聞きました。
ゆえに、乾いた山間地に向いていると言われています。
そう考えると水路は無くても、大丈夫のような気もしますが」
「うむ。康平の言い分にも一理ある。
だが日照りばかりで雨が降らない時は、水に困るであろう。
水はけが良いのは大切だが、水が無くなればもっと困ることになる。
植物が欲しがるときに水を与える。
それが水路の役目じゃ。
日々のお天気には逆らえないが、水と大地は自由に操ることができる。
ゆえに古くから水路を作り、畑に肥料を入れ、豊かな大地に変えてきた。
この努力があってこそ、豊かな実りが生まれる。
人の暮らしも、成り立つ。
他に何か質問があるかな。農業一年生の、そこのお二人さん」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話 作家名:落合順平