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からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話

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 「あとでお前さんが、『はい、ご苦労さん』と一杯飲ませればそれで済む。
 挿し木に適しているのは、上部にある2~3センチ太さの枝だという。
 10メートルの高所にある枝では、簡単には手が出ない。
 いちいち登って取っていたのでは、効率が悪すぎる。
 ハサミとバカと高所作業車は、頭の使い方ひとつで役に立つ。
 蚕と聞けば、やはりどこかで血が騒ぐ。
 ビニールハウスで野菜を作るのが全盛だが、かつてはみんな蚕で食っていた。
 農家がおしなべて、蚕で暮らしてきたんだ。
 桑の木を本格的に復活させると聞けば、他人事ではなくなる。
 俺にも熱い思いがある。
 何があろうと、失敗させるわけにはいかないだろう、お前のためにも。
 それから京都からはるばるとやって来た、あいつのためにも」

 やがて徳次郎老人が現れる。作業の手順の説明がはじまる。
桑の小枝とはいえ、地上10mの高さから切り取るのだ。
切るたびに落下をさせていたのでは、下で作業する者たちに危険をもたらす。
ある程度まで、まず切り貯める。
作業用のかごを上下することで、切り取った小枝を地上へ降ろす。
残った全員で、挿し木の準備をするという段取りが決まる。

 「枝の太さは、2センチ前後が最適じゃ。
 40センチの長さに切りとり、それを1本分とする。
 枝に残っている葉は、上から4枚~5枚を目安にしてかならず残すこと。
 いずれは枯れてしまうが、葉を全て取ってしまうと木の生命力が弱くなる。
 根元にする側には3センチの幅で、表皮を取り除くこと。
 木を傷をつけてはならんぞ。
 丁寧に皮の部分だけを剥ぎ取ること。
 準備を終えた枝は、発根促進剤に漬け込んで24時間そのまま放置する。
 本日の作業はそこまでじゃ。
 畑への植え付けは、明後日じゃ。何か質問があるか。若い衆ども」

 「ひとつの枝から、1本だけではなく、40センチの範囲なら
 何本取っても良いと言う意味でしょうか。
 長めの枝なら、5~6本を切り出しても良いということですか?」

 「そういうことじゃ。一向に構わん。 
 真冬へ向かう時期、挿し木で苗を準備しょうという試みだ。
 そのうちの何本が生き残るかは、計算できん。
 全滅するという可能性もある。
 何本残るかは、来年の春まで、だれにも予測がつかぬわい」

 「え~え。全滅!」英太郎が悲鳴に近い声をあげる。

 「あわてるな。あくまでも、確率の話じゃ。
 全滅する場合もあれば、運良くすべてが生き残る場合もあるだろう。
 5割ならば、必要とする1500本の苗が確保できる。
 結果はいずれにしても、神のみぞ知るだ」

 桑を挿し木する場合、生命力に優れた若木を用いる。
また古条と呼ばれる、試され済みの古い枝を使う場合もある。
若木の場合は、旺盛に発芽をする春の季節に適している。
生命力が試され済みの古条は、9月から10月にかけて挿し木にされる。
しかし。畑に直接刺された挿し木の場合は、例外なく霜や雪の脅威に襲われる。
真冬の厳しさと、春まで戦わなければならない。
桑の苗にとって、晩秋に襲ってくる霜は一番の大敵になる。
この時期までに根がつくかどうかで、結果が大きく変わってくる。

 霜の害から作物を守ることは、大昔から行われてきた。
寒さに強い作物を作り上げること。
霜の害から作物を守る方法などが、いくつも編み出されてきた。
「八十八夜の別れ霜」ということわざも有る。
八十八夜の頃。高気圧の影響により気温が急に低下して、最後の霜が降りる。
お茶や桑、ナシ、ぶどうなどの果樹類や野菜、じゃがいも、たばこなどが、
大きな被害を受けることがある。