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からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話

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 「人は、身体を消費するようにできておる。
 力の出し惜しみや、体力の温存は、かえって身体能力を阻害する。
 疲れ果てるまで働らき、腹8分目の食事を採り、たっぷりと眠ることが
 明日の活力の源になる。
 これほど簡単な人の生き方が、最近は乱れに乱れておる。
 その典型が生活習慣病じゃ。
 人の体は使ってこそ丈夫になる。
 繰り返し手入れをするから、長持ちをする。
 良く働らき、よく休むことが、身体を丈夫にする秘訣じゃ。
 段取りも、だいぶ順調に進んできようじゃのう。
 そろそろ、桑苗の植え付けに、取り掛かろうかのう」

 苗の準備と聞いて、康平も英太郎も瞬時に色めき立つ。
それこそが2人の本来の目標だ。ようやく、壮大な計画がはじまることになる。
『いつからはじめますか!』と、英太郎が食いつく。

 「苗を作るのには、いくつか方法がある。
 桑苗を取り寄せて畑に植えるのだが、此処ではその必要はない。
 畑に入れた堆肥が効果を出すまで、半年ほどの時間がかかる。
 そのあいだ、じっくり苗を育てれば間に合う。
 苗は、一ノ瀬の古木から取り出す」

 「古木から、苗を取り出す?」

 老人からの思いがけない提案に、康平と英太郎が露骨に驚く。
意味が分からず、お互いに顔を見合わせる。
2人とも、連日の肉体労働で身体はヘトヘトに疲れきっている。
しかし、二人の頭を常によぎっているのは、5反の畑でどのようにして
桑の苗を育てるかという課題だ。

 「楽しみがないまま、明けても暮れても肉体労働ばかりでは
 気力はあっても、そのうちに疲れだけが溜まる。
 そうなると、おのずと動きも悪くなる。
 百姓は、植物が元気に育つ姿を見て、働き甲斐に浸るものだ。
 お前さんたちも、そろそろ苗の姿がみたいであろう。
 用意する苗は、1坪当たり1本を植えるとして、1反分で、300本。
 5反だから、合計で1500本が必要になる。
 古木から取り出した枝で、挿し木にして苗として育てる。
 苗用の若木から取り出した場合でも、定着率は7割前後といわれておる。
 古木ゆえ、定着率はもっと悪くなるであろう。
 5割として計算すると、全部で3000本は必要となるじゃろう。
 どうじゃ、実に壮大な本数だろう。
 やる気がふつふつと湧いてきたかな、ご両人とも」

 3000本の桑の苗・・・・聞いただけで身震いしそうな数字だ。
しかし何故か、いよいよという実感が熱く全身を駆けめぐっていく。
熱い血が早くも、2人の中で騒ぎはじめる。

 「ふふふ、どうじゃな。血が騒いできたであろう。
 それこそが農耕民族の、百姓の血じゃ。
 日本人なら、作物を育てると聞いた瞬間、なぜか自分の身体が熱くなる。
 まして蚕は特別じゃ。
 それを育てるための桑の木も、またまた特別なものじゃ。
 面白いぞ。思うようにはいかないし、毎日が失敗の連続になる。
 それでも目標がある。
 ゆえに百姓は嬉々として、延々と汗を流して、努力することを惜しまない。
 それが土の民、百姓の生き様じゃ。はっはっは」