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からっ風と、繭の郷の子守唄 第86話~90話

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 ポンプ車を操っている五六が、運転席から康平へ語りかける。
川原の石でも使えと言われた瞬間、京都育ちの英太郎がいち早く反応する。

 「川原の石だって!。
 沢から石積み用の材料を、人力で運び出すというのですか。
 石で補強したくらいでは、隙間から水が浸透してしまいます。
 それでは効果がありません。
 いっそのこと、水路のすべてをコンクリートでに固めてしまっては
 いかがですか」

 「京都生まれは、言うことが乱暴じゃのう。
 岸をコンクリートにするのは簡単じゃ。
 だが、斜面を流れていく水路には、別の役割がある。
 土手の石積みから水がこぼれるのは、計算のうちだ。
 都市を流れる水路なら、安全のために護岸をコンクリートで固める。
 だが、ここは川のない山あいだ。
 水が常に不足する、傾斜地の土地じゃ。
 こぼれた水や、地下に浸透した水が、植物たちを潤すことになる。
 下流へ届く前に、水がすべて浸透してしまっても、ここでは何の問題もない。
 そのほうが好都合なのじゃ。
 その程度に考えて、気楽に水路を復活させることだ。
 大雨が降り、一気に川の水が氾濫した時には、どうなると思う。
 あちこちで水漏れしたほうが、水の勢いを弱めてくれる。
 適当に丈夫で、適当に壊れやすいことも、山の水路の大切な役割だ。
 壊れたら、また作り直せば、それでよかろう。
 農業は、お天道さまが相手の仕事じゃ。
 もっと雄大に、ドンと構えろ。ふたりとも、あっはっは」

 今日も視察にあらわれた徳次郎老人が、水路の復旧の様子を見届けていく。
冷えたスポーツ飲料を取り出し、『お茶にしろ』と二人へ声をかける。
水路の改修と、畑の土壌作業に2週間余りも取り組んでくると、
体力にも限界がやって来る。
康平の全身には、筋肉痛が走っている。
手と足には、大量のタコとマメが出来ている。
しかし。都会育ちで体力仕事が苦手なはずの英太郎が、日を追うごとに
逞しくなってくるから不思議だ。
全身はクタクタのように見えるが、何故か顏には元気があふれている。

 「愛は、何よりも強い。
 その点。康平は煩悩と雑念が多すぎて、使い物にならん。
 おなごには好かれるようだが、全力で女を守ってやる甲斐性が無い。
 そのことに、いまだに気がついておらぬ哀れな男だ。
 そのあたりが、不幸なことだ。
 その点が、相棒の英太郎とまったく異なる。
 男というものは、おなごのためにひたすら働くもんだ。
 働き者の良い相棒が、都合よくあらわれたもんだ。
 五六といい、康平といい、京都から来たど素人に気迫で負けそうじゃな。
 今のところ英太郎のほうが、1歩だけリードしておる。
 不思議じゃのう。はっはっは」

 ウェブデザイナーの英太郎の細い指が、いつの間にか逞しくなっている。
小麦色に焼けたうえに、さらに関節まで太くなってきている。
『働く者の指に変わってきたのう』と、老人も目を細くして笑う。
『身体を動かしているせいか、朝飯が旨くなりました』と英太郎も、
さわやかな笑顔で応える。