殉愛
男は歓喜した。
叫びだしたい気持ちを胸に、今にも焼け落ちそうな翼を動かし、進む。
いまや翼はぼろきれの様相。推進力も無い。
それでも喜びが男を突き動かす。
これで天使を愛でることができれば、それはどれ程の喜悦を呼ぶか。
期待に、早く、早くと心が急く。
常に無いその高揚が良かったのか、やがて、監視小城群を抜けた先、城下町よりは外側に位置する小さな浮島で、男は念願の天使を発見した。
天使の人数は、五人。
薬草でも摘みに来たのか、皆、白い手に小さな籠を持っている。
戦に出るような力天使ではないことは、その幼さから容易に知れた。
一番年嵩の天使でも、若年の域にようやく差し掛かった程度だろう。
悪魔に愛でられれば即死ぬような、いとけなさ。
柔らかな唇をおののかせ、だのに気高くあろうと背筋を伸ばして此方を冷たく見据える天使達は、輝かしく高慢で、まさに愛でられる為だけの存在に見える。
早く、愛でたい。
焦がれた白羽を前に、男はごくりと喉を鳴らす。
あの白い美しさを、引き裂き、踏みにじり、喰らい尽くして、思う存分堪能したい。
欲望が胃の腑でぐらぐらと煮え滾っているようだ。
早く、早く。
そも、ここは敵陣のさ中なのだ。
ぐずぐずしていれば、境界を越えた男を殲滅するため、戦天使がこの場に来てしまうかもしれない。
嗚呼、早く、一刻も早く。
どの天使から愛でようか。
男は品定めの視線を天使達に向ける。
嗜虐心を駆り立てる鮮やかな瞳が、汚らしいものを見る目でこちらを睨む。或いは、怯えた色を浮かべて逸らされる。
嗚呼、何と可愛そうなことか。
思わず唇がわらいに歪んだ、
―――その時。
天使の一人が、他を庇うように一歩、前に出た。
震える手を、一際白い羽を広げ、悪魔の前に立ちはだかる。
とりわけ年嵩という訳でも、戦闘力があるという訳でもなさそうな、少女のような甘くなよやかな個体。
だというのに、こちらを見つめる青い瞳に浮かぶのは、恐れを覆って尚濃い決意の色ばかり。天使が悪魔に向ける敵愾心も、傲慢なまでの冷たさも、伺えない。
「神子様……!」
お下がりください、と他の天使達がさざめいた。
男は目を瞬かせる。
神子様。初めて聞く呼称だった。
更に言うならば、天使の癖に悪魔を蔑まぬ瞳もまた、初めてのものだった。
面白い。
男は壊死しかけた翼をすぼめ、青い瞳に向かって真っ直ぐ降下した。
冷気に焼かれた喉から零れた笑い声が恐ろしげに空気を揺らして、天使を悪戯に震えさせる。
それでも、その天使は引かなかった。
男を真っ直ぐ見詰める青の、なんと澄んだことか!
面白い。
恍惚とした笑みを浮かべ、男は神子と呼ばれた天使へと手を伸ばす。
愛でるのは、この天使にしよう。
いつまでこの瞳でいられるのか、持ち帰ってじっくり吟味して愉しもう。
輝く羽に手をかけ、天使を力任せに腕の中に閉じ込めた時には、他の天使への興味など、すっかり消え失せていた。