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文目ゆうき
文目ゆうき
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睡蓮の書 二、大地の章

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上・血族・2、兄上



 森の切れ目は、木々の影でくっきりと示されていて、その先は緑のほとんどない、光と熱の世界が広がる。
 この心地よい影を抜けると、熱を食むことを強いるような空気と、肌を焼く鋭い陽光が一瞬で身を包むから、いつになってもためらいを抱いてしまう。
 南の神殿は、すべての神殿のうち最も規模が小さい。中央や北のような周壁はもちろんなく、森を抜けたところにすぐ、建物に続く階段が直接開いている。いわば森全体が広大な前庭のようなものだ。
 大河の上流にあたる南では、この時期の水位の上昇の影響もさほど受けず、高台に建てられた神殿が浸かるという心配もないため、神殿の土台は低く、よって階段の段数も少ない。代わりに、横幅が広く設計されており、それがまた、開放的な印象を強めていた。
 その開かれた階段の周辺に、人影が見える。
 南に住まう、年上の神々――シエンの従兄である樹神キポルオ、ケオルの兄である炎神フチア、そして“元”南の代表、時神ジョセフィール。
 三人は親しい友人の関係にあり、そして彼らの中心にいるのはいつもジョセフィールだった。キポルオが地属第一級、フチアが火属最高位であるのに対して、ジョセフィールは月属第二級の位であるにもかかわらず。
 不思議なようだが、その理由はシエンにも、何とはなしに理解できた。ジョセフィールは年齢相応の平凡な容姿、強いてあげるなら体格がいいことくらいで、他に外見的な特徴はないが、その口元に笑みを絶やさず、それでいて隙のない、堂々とした風格を印象付ける。何事にも動じそうにない雰囲気が信頼に繋がるのか、彼ならばと思わせるところがある。彼に教えをうけたカムアも、尊敬してやまないといった様子だ。ただキレスに言わせれば、「何を考えているのか分からない」らしいが――ジョセフィールも、キレスにだけは言われたくないだろう。
 階上に腰を下ろしていたジョセフィールがこちらに気づき、顔を向ける。階下に腕を組んで立っていたフチアもそれに応じるように、鋭く研がれたような眼でこちらを一瞥した。
「兄貴!」
 ケオルが声を上げる。兄に向けられる表情は柔らかく、子供のようで、まるで普段と違っている。そんな彼の様子を見るのも、久しぶりだ。
 それからシエンは、列柱の間に林立する柱の陰に、隠れるようにたたずむ男を映した。
 腰まで届こうかというほど長い、癖のある黒髪を揺らし、ゆっくりと瞳を起こすその男は、階段を上がり近づくシエンを無言で迎える。
「……キポルオ」
 傍に立つと、彼は長身のシエンよりもさらに背が高く、筋肉質ではあるが細身の印象を与えた。
「一緒に、人間界に来てほしい」
 そう言うと、シエンは返事も待たずに列柱の間を進み行き、神殿奥へと向かった。シエンの申し出を予測していたのだろうか、キポルオは、またゆっくりと瞳に影を置いて、言葉もなく、その場を後にした。
「よく人間の面倒をみようなんて思うよな、シエンは。あいつ、父親になったら子煩悩に違いないよ」
 ため息交じりにケオルが言うのを聞いて、ジョセフィールが愉快そうに声を立てて笑った。
 それからジョセフィールは、彼の友人たちがそれぞれこの場を去るのを見送ると、その後もまだ、同じ場所に腰を下ろしたままだった。
 しばらくして……森の奥からだろうか、すいと何かが横切り、羽音をたてて天へ翔け去った。けれどジョセフィールはそれを目で追うでもなく、ただじっと、森の影ばかりを映している。
 するとちょうど、キレスが森の影から抜け、姿を現した。シエンらの通ってきた道よりずっと西側の、道とはいえない道を通ってきたらしい。駆けていたのか、肩を上下させているのが見える。
 キレスはすぐに、階上に腰掛けたジョセフィールに気付き、一気に表情を不機嫌なものに変えて歩み寄った。
「長い散歩だったな。何か見つかったか?」
 口元にゆったりとした笑みを浮かべるジョセフィールに、キレスはいっそう不服そうな目を向ける。
「これ」そうして階下で立ち止まると、キレスは上腕に結ばれた代表の印を指でつまんで見せ、「返したいんだけど」
「いや、いや、ご苦労だったな」
 ジョセフィールは満足そうにうなずくだけ。
「分かってたんだろ。詐欺だろ、これ」
「三年は待ったな」ジョセフィールは口元だけでなく目元までも弧にして、「ずいぶんゆっくりできたろう。そろそろかと思ってな」
「そろそろって何だ! 俺はこんな話、聞いてないぞ!」
「お前が属長なのだから、代表の任に就いて当然だろう?」
「属長って! そんならシエンがいるじゃないか、あいつに任せりゃいいんだよ!」
「シエンは西の代表を担うつもりでいるぞ。よかったな」
「何がいいんだよ!? ……じゃあフチアは!」
「言い忘れていたがキレス、南の代表は月属に限られているのだ」
「は、なんで?」
 キレスは疑いの眼差しを向けたままだ。都合のいい言い訳を立てるに違いないと思った。ところが、
「地下の避難路があるだろう。それがこの南には、二つあるのだが」
 ジョセフィールはごまかす様子など微塵も見せず語りだした。
「一方は中央と東西に繋がる魔法陣を持つ一般的なもの。もう一方は、中央にのみ繋がる王族専用のものだ。王族用のものには封がしてあるのだが、月属の力にしか反応しないようになっている」
「……そんな大事そうなこと、こんなトコでしゃべっていいのかよ」
「それも、そうだな」
 は、は、は、と声を上げて笑うジョセフィールに、キレスは胡散臭そうな目を向けた。結局いつも、彼の思惑どおりに持っていかれるのだ。
「さて」と、ジョセフィールはふいに立ち上がり、「代表になるのだから、もう少しお前の力、引き出してみようか」
「ちょ、ちょっと待てって……」キレスは思わず身を引いた。「これ以上、何かさせられてたまるかよ!」
「神殿を出てあまりあちこちされても困るからな」ジョセフィールの言葉がぐさりと突いてくる。「することがないと暇なのだろう、付き合おうじゃないか」
 善意を前面に押し出してにっこりと笑む。
 キレスは脱力しきったようなため息をついた。どうせ抵抗しても無駄なことは分かっている。面倒なことになった。
 ところがそこへ、思いがけない言葉が続けられた。
「お前の記憶が戻ったとき、増大する力に身体が追いつかないのでは、困るだろう」
 一瞬で、キレスの体が凍りつく。瞳が大きく見開かれ、ジョセフィールに向けられる。
「俺の記憶が……戻るって……?」
 声が震えていた。
(何でそんなこと――)
「たとえ話だ」まるでなんでもないというように、ジョセフィールは続けた。「だがお前もすでに気付いているのではないか? 奪われた記憶は今も確かに存在すると。それが戻されたとき、単に幼い頃の思い出ばかりが戻されるわけではない、ということもな」
 威嚇しているはずの瞳が動揺をあらわにしていた。
 なぜ、そんなことを言うのか。なぜ、分かるのか。外そうとした視線は捕えられたように離れない。
(――なんだ……こいつ……)
 体がぞくりと震えるのを感じる。