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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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「もうじゃないだろ、半年も待たせて悪かったな」
「時間、とらせたな。……ありがとう」
「いや、礼を言わなきゃならないのは、こっちのほうなんだ」ケオルは笑みを消して、木箱を映す。「かなり貴重な書だ。こんなものが、東や中央以外にあるなんて思わなかった」
 貴重な書。シエンは改めて、朽ちかけた書物の入った木箱を見た。
 この巻物は半年ほど前、西の神殿の地下にあった、長く使われていない部屋の一角でみつけたものだった。書棚にあったわけでもなく、崩れた壁の破片やがらくたと一緒に積まれていて、危うく処分するところだったのだ。
 シエンはこれまでも、父が探していたもの――千年前の戦に関する情報を、書物から得ようとし、時にこうして解読が必要なほど古い書を見つけてきては、ケオルに訳を頼んでいた。古いものでも、一般的に使われていた文字であれば、ある程度は内容に見当がつくのだが、今回のような、知神のみが扱う文字で書かれたものでは、まったく想像もつかない。
 この書には、一体どんなことが記されていたというのだろう。父はこの書の存在を知っていただろうか? もちろん、読めはしなかっただろうが――。
「詳しくは読めば分かるけど、簡単に説明しとくと、内容は、お前が望んだとおり、千年前の状況についてをまとめたものになってる」
 シエンは息を呑んだ。……求めていたもの、それが、やっと知れるのだろうか。書を見つけたのは偶然ではなかったのかもしれないとさえ思えた。
 しかしケオルの表情は硬く、ただ、と言葉を続けてきた。
「まだ、手放しでは喜べないぞ。中には、これ以外では見たことも聞いたこともないようなことが、いくつか書いてある。けれどこの時代についてを著したものはごく稀で、正否の確認のしようがないんだ。著者の裏づけは一応とったけど、まだまだ問題が山積みだ。その点をよく頭に入れて読んでくれ。とにかく、鵜呑みにするなよ」 
「……なんだよ、問題って」
 妙な言い方をする。シエンが顔をしかめると、ケオルは実例を挙げるのが早いと考えたのか、今渡したばかりの、新しいほうの巻物を取り上げ、紐を解いた。
 指し示された箇所は、冒頭から程近い部分だった。シエンが覗き込み、文字を読み取る。そこには、「兄弟神の争い」とあった。それが何を指し示しているのか分からず、前後を軽く確認し、そして、眉根を寄せる。
「兄弟――太陽神ホルアクティと、生命神ハピが、か?」
 ケオルははっきりとうなずいた。
(千年前、争いを起こした二神が兄弟だったなんて……聞いたことがない)
 たしかに兄弟であれば、王位継承の問題がこの争いの原因だというのも納得がいく。なぜなら、太陽神が王位に就いた理由は、彼の父ウシルが四属すべての創造神の力を分けられ、王として初めて世界を統べたものであり、彼はその聖なる血を継いでいるためとされているからだ。
 同じ、聖なる血を引いたものが他にあれば、争いも起こりえる。
 だがその話には、別の部分で納得がいかない。
「こんな単純なことが、なぜ今まで伝わっていないんだ……?」
「……太陽神が、はじめの王ウシルと自身の関係の神聖性を強調するため、他の王位継承者の存在を文献上末梢したというのは、大いにありうると思う。――けれど、もしかしたら……」
 ケオルは手にしていた巻物を繰り、しばらく文を進めたところで手を止めると、シエンの目の前に広げて見せた。
 シエンは、一度流した文を二度、わが目を疑うように読み返した。しかしどれだけ慎重に考えても、そこには唯一つの事柄が、明確に書かれてあるのだ。

 “偉大なる王ウシルの、はじめの息子ハピと、その弟たるホルアクティ――”

「……これは……」
 言葉を失う。その意味を考えれば、無理もないことだった。
 この一文は明らかに、生命神ハピが太陽神ホルアクティの兄であることを示している。そして普通に考えれば、王位継承権は弟よりもまず兄に与えられるはずだ。
 これがもし事実だとしたら……。
「さっき言ったように、ここにあるすべてが事実だとは言い切れない。――それに、この書の内でも、やはり王位継承権は太陽神にあることになってる。……その理由が、さっぱり書かれてないけどな」
 釘を刺すように言うと、ケオルはふっとひとつ息をついた。
「まったく、変な書だったよ。同じ著者のほかの著作と比べても明らかに異質というか。名の知れた人なんだけどな、急いで何かを写したのか、文字も文体も荒れ放題。もしかしたら、まったく別の者が、その名を騙ってるだけかもな」
 肩をすくめてみせたケオルの表情に、やっと笑みが戻った。
 もう一度紐で留められ、渡された巻物を受け取ると、シエンは礼を添えた。
 とにかく今晩にでも、一度読んでみなくてはならないだろう。それが事実であるかどうか、知神である彼が確認できないのであれば、どうしようもない。ただ、可能性としてあるのならば、知っておきたい。そう思った。
「その書、俺個人にとってもかなり貴重なんだ。さすがに、全部がまったくのでたらめってことはないと思うし……何か意図があるにしろ、興味深い内容だよ」
「ケオル、お前も戦の発端について調べているのか?」
「いや、俺が調べてるのは初代の知神についてだけど、ちょうどこの時代だからね」
「そうか……聞いたことがなかったな」
「言ってなかったか? 攻撃呪文を鋭意開発中。自分の身は自分で守れって家訓だから」
 家訓とは大げさな話だ。いつもそうだが、ケオルは真面目な顔をして冗談を言ったり、本当のことを茶化して言ったりするからよく分からない。
「呪文を開発中というのは、聞いた」
「文字を作って、呪文の体系を整えたのは、初代だからな」
「ずいぶん遡るんだな……」
「俺、凝り性だから」
「……それで、何かできたのか?」
「いや、なーんにも」当然のような顔をして、ケオルは言い放つ。「俺、月属の呪文でも何かできないかと思ってるんだけど、研究対象が反抗的で」
 シエンが堪えきれずに噴出すと、狙い通りとでも言いたげにケオルも笑った。
「やっぱ地属にしてみようか。シエンお前、協力してくれる?」
「ははは、遠慮しとくよ」
 たわいない会話を繰り返し、ようやく前方が明るく開いてきた。
 いつの間にか、キレスの姿が見えなくなっていた。先に神殿に着いたのだろうか。
 主が不在なためか、ひっそりと静まり返っていた森が、ふと、何かに呼応するように枝を微かに揺らす。
 風が、吹いたのだろうか。振り返るが、気のせいだったと思えるほど、それはほんの一瞬だった。シエンは、目の前に広がる光に目を細めた。