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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

INDEX|44ページ/48ページ|

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 キレスは先ほどの会議で語られていたことを思い出す。
 これが、生命神直属の精霊。ならばこれは――罠なのか……?
 警戒に身を固めたキレスに、少女は何かを求めるように闇の奥から身を乗り出そうとした。細く小さな腕が伸ばされ、何か言いたげに唇が開かれる――が、キレスの姿を目にしたとたん、少女は瞳を大きくして戸惑いを見せ、すぐにおびえるような表情を浮かべる。
 そうして、少女の姿はますます闇に溶けてゆく。扉が軋む音。それはもう、閉じられようとしていた。
 キレスははっと我に帰ると、「シエン!」振り向き声を上げ、開かれた闇に滑り込む。声に振り向いたシエンが、敵を振り切りどうにか駆け込むと、寸でのところで扉が合わさった。
 暗闇と静寂が身を包む。
 あまりに突然で、言葉を失っていた。
 北は自分たちをを取り囲み攻撃する一方で、神殿の入り口を開いた。まるで招き入れるように……。
「――罠か?」
 シエンが低く声した。
「いや……違う」
 確信があったわけではない。ただ、あの精霊の表情を見たからそう思っただけだ。罠でなければなんなのか。そんなことは分からない。
(でも……これは、チャンスだ)
 キレスは片手を掲げ、闇の空間に光を灯した。
 シエンは閉じられた門扉に向かい、彼の力で厚い壁を作り出していた。神殿を包む結界は、強度の差はあれ、どこも同じような性質を持っている。すなわち、内から外への力の放出、移動は自由に行えるが、一度出てしまえば、容易には内に入れないのだ。
 外にある北神らが神殿内に戻るには、まず、この門扉をくぐるしかないだろう。どのような条件で開かれるのかは分からないが、こうして物理的な障壁があればある程度の足止めになるはずだ。
 しばらくはこの狭い、闇の空間にある敵の存在だけを、相手にしていれば済む。
 シエンは光の届かない闇の奥に潜む、無数の存在を意識し、剣の柄を握りなおす。
 その傍らを、一羽の小さな鳥が通り過ぎたことに、二人は気付いていなかった。

      *

「門扉を開いただと……!?」
「馬鹿な、一体どうやって――」
 結界に及ぼされた力を捉え、生命神側近の二人は動揺を隠せない。
 誰が開いたのか、その答えは明らかだった。
 門扉を開く権限は、生命神と二人の側近のみが有する。それを、あの精霊ごときが成しえたというのだ。誰もが、予想だにしなかった。
 生命神ドサム・ハピは玉座の上でそのこぶしを握りしめる。閉じられた瞼の上で、眉根に深く皺が刻まれた。
「私が」
 ひとつの命がすでに犠牲となっている。たった二人であるからと、手をこまねいてはいられない。側近プタハの進言に、生命神ドサムは険しい表情のまま、それにうなずき応えようとした――そのとき。
 魔法陣のひとつが作動し、この場に現れたのは、一羽の白い小鳥だった。
 小鳥はついと生命神のもとへ向かい、その耳もとで二、三度羽ばたくと、突然力を失ったように地に落ちた。
 羽ばたきの生む風から、ドサムは風神ベス・メンチュ=アムンの遺した言葉を知る。そうして、応えるように立ち上がった。
 左右に控える側近が、生命神の言葉を仰ぐように注視する。
「『月』が現れた」
 ドサムの発した一声は、その場に更なる動揺を引き起こす。
 予言書第52節が公表された時も、にわかには信じられなかった。「月」は十年前、あの戦の最中に死んだ――いや、“殺された”と信じられていたのだから。
 この戦の鍵となる、月神の力。千年来継がれることのなかった力が現れた今、戦は終結へと向かう。約束された力を手に、悪しきことわりを退けるために――。
「月を、捕らえる。――デヌタ、プタハ」
「は」
「御意」
 主神の求めに応じ、その側近デヌタとプタハも生命神に続いて姿を消し去った。
 その場にひとりたたずむ女神、知神レルは、空の玉座のそばに取り残されたものをその目に映す。地に落ちた白い小鳥は、切り離された人の片腕に変わっていた。
「父様……」
 枯れ果てた倒木のように転がったその腕。レルは強く唇をかみしめた。

      *

 門扉から続く闇を満たしていたのは、“創造物”。
 獣の姿をとり、牙や爪を発達させた戦闘用の混合獣。北の主神である生命神は、動植物の誕生や育成に関わる強い影響力を持つ。これらの獣は、まさに生命神の力の結晶と言える。
 敵が巨大であろうと、数で攻めようと、シエンはその剣のひと薙ぎでそれらを動かぬ肉塊と化し、休むことなく地を駆けた。
 後ろを行くキレスは光をかかげ闇を照らし、そして自らを結界で包む。結界を維持しながらの移動は消耗するが、敵の攻撃から身を守るため、そして何より、シエンの剣がさばくその肉片や血液を退けるために必要だった。
 シエンは淡々と、感情なく腕を払い、その刃に血肉を喰らわせてゆく。
 その様子はまるで彼ではなかった。少なくとも、今まで知っていた彼ではない。
 彼はその剣で、何もかもを振り払おうとしているかのようだ。
 恐ろしい? いや、その姿はむしろ、胸を圧迫する何かを感じさせる。彼が抑え付けようとしているもの、退けようとしているものは、一体なんなのだろうか。
 そのまとう闇が、自身と近く感じられたのか、キレスはシエンへの思考を振り切れなかった。退けようとしているもの、それはおそらく、退けることはかなわないと、知っているものなのだ。
 ――それは、何?
「地下だったな」
 ふいに、シエンが言葉を投げてきた。振り向くことはせずに。
「……ああ」
 そうだ、今は自分の記憶がどこに封じられているのか、それを探し出すことに集中せねばならない。
 キレスは駆けながら、足下より深いところへと意識を広げる。もっとずっと奥だ。地下に広がる空間の、中心よりも少し奥――ああ、何かが頭を締め付ける。
 ぴたりと、シエンがその足を止めた。キレスも慌ててそれに倣う。周囲は相変わらずの闇、出口はまだ少し向こうだった。
 やがてキレスも、シエンが足を止めた理由に気付いた。敵の気配は相変わらず闇の奥に潜んでいるというのに、先ほどまでのように襲いかかろうとしない。荒々しい獣の息が静まっている。
 そしてもうひとつ――何者かが、この闇の中に現れたのだ。
 三つの力の存在が加わる。それは創造物などではなく、もっと強大な力の主。
 シエンは注意深く敵の力を読み取ろうとした。同属の存在はない、しかし中央の人物から、地属に近いものを感じる。
 近いと感じるのに、同属では決してない。純粋な地のみの力ではない。しかしその力は確かに地に深くかかわるもの。広く地を覆うもの、地を満ちるもの、地に殖えるもの。
 これだけ距離を開いても、対峙するだけで肉体を、精神を圧迫してくるその力。その奥に捉えきれないほど強大なものを秘めていると、確かに感じる。
(まさか……これが)
 闇の奥の存在、姿の見えないその人物はおそらく……。
(北の主神、『生命神ハピ』――!)