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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

INDEX|41ページ/48ページ|

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 フチアも森を眺めていた。ジョセフィールはまた、石を拾い上げる。
「次はより高く投げてみせよう」
 そうして口にした通りに、天に向けて腕を振り上げた。投げられた石は、しばらくしてから、近くの木の枝を揺らし、地に落ちた。
 息をついたジョセフィールは、満足そうにまた笑む。そうして初めて、彼の友人を振り返ると、
「どこにあっても、私のすることは同じだな。そうは思わないか? フチア」
 フチアは、ジョセフィールを捉えていた瞳の赤にわずかに影をかけると、もう一度、森に目を遣った。声に応えることは、しなかった。
「キポルオは、いつものところにいるようだ」
 そんな友人にかまう様子もなく、ジョセフィールはまた石を拾い上げる。
 フチアはその傍らを通り過ぎ、森の陰へと踏み入った。
 森の西側は大河に近く、急激に冷え始めた大気がこの薄暗い木々の影に、うっすらと霧を漂わせている。
 いつものように、一本の樹の下にたたずむキポルオは、羽音に応え顔を上げた。上方にある枝をしならせ、一羽の鳥が停まる。見えたのはその影ばかりだったが、彼はその羽毛が赤いことを知っていた。この樹に停まることができるのは、あの、赤い羽毛の鳥だけなのだ。
 それから彼は、この樹に近づこうとするもうひとつの影を捉えた。
 この場所にとっては珍しい客。けれど不思議に思うことは何もなかった。
 フチアは幽然と枝を垂らすこの樹全体を見上げ、それから、頂点で羽を休める赤い鳥を、しばらくその目に映していた。
 やがてその鋭刃のような瞳を彼の友人に向けると、
「礼を、言わねばなるまい」
 言葉一つ一つが明瞭に届くその声で、フチアは言った。
「俺が望んだことは、お前の助け無しでは成し得なかった」
 キポルオはゆっくりと瞳を閉じると、その口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「……変わった、な」その声は湿気を含んだ大気と共にひとの身に滑り込む。「お前がこのようなことを求めることは、なかった。――そして、私も」
 フチアはそれを否定しなかった。ただ一言応えて、
「必然だな。求められた結果だ」
「必然――か。……そうかも、しれない」
 その言葉を追うように、キポルオは言った。
 そうして、東側の森の向こうへと、二人は同じように目を馳せる。目に映るものは何もない。ただ、闇色をした空に沈む木々の影が、天地の境もなく広がっていた。
「千年前の過ちは償われなければならない」キポルオが言った。「その機会を与えられたことに、私は、感謝しよう」
「俺は今も、あの判断を誤りだったとは考えない。――だが」フチアは言った。「正すべきものは在る。明確に」
 二人は沈黙のうちに視線を交わす。
 キポルオは思う。――この男とこうして思考を交差させることは、長く、無かったことだ。
 相容れぬもの。決して理解できぬものだと、考えていた。それがどうだ。ほんのわずかな時、その流れに身を委ねると、長く拮抗していた思いが沈みゆき、それまで決して見えてこなかったものが浮かびあがる。
 何もかも、必然というのだろうか。……いや、彼は、そのうちの偶然をこそ、求めたのだろう。
 必然であるなら、これほどまでに心乱されることは無かった。
(セト……)
 小さかった弟。不安げに開いた瞳は、いつもすがるように自分を見上げていた。
 その瞳は、今でも変わらず乞い求める。自分を兄と、その声で呼び続ける。
 不安を取り除いてやるためならば、何でもした。自分自身を、その力を信じるようにと。内に持つ種を、丁寧に育もうとしてきた。そこに確かな目的があったとしても、それ以上の支えを与えてやりたいと思っていた。
 けれど――結果、己を見つめ省みることをしなくなった。過去に依存し、そればかりを追い求めるようになった。
(私が間違っていたのだろう――セト)
 信じている。今でも、尚。
 そうしてこれが、最後の機会となるだろう。
 確かに、自分は変わった。いや、変わらざるを得なかった。目の前の男とて同じことだろう。
 未来には確かに、必然がある。けれど大部分が、偶然によって支配される。その細かな干渉が、道を、またはその道を選ぶ意思そのものを、軌道からはずしてしまう。
 そして、時の流れは、決して戻されることはない。たとえ緩まることが、止まることがあったとしても。
 また後悔をするかもしれない。それはこれから、背負い続けねばならないものかもしれない。
 それでも彼は言うだろう。――いつかまた、変わってゆくものだ、と。
「セトなのか」
 ふいに、フチアが問うた。
「シエンが剣を得た――それでも、お前は弟を選ぶのか」
 キポルオの瞳に湛えた闇色が、その言葉にかすかに揺らぐ。ゆっくりと、苦しげにすぼめられ、それから瞳が閉じられると、その口元にもう一度浮かぶ、哀しげな微笑。
「今のお前なら……分かるだろう」
 ――別の道をたどっていても、結局は同じところにたどり着くのだから――
 声にならない言葉を、同じように思い浮かべたのだろうか。フチアもまた、その赤の瞳を瞼で覆った。
「……私は、先に、戻っている」
 そう言って、キポルオは緑葉の覆いを抜けると、友の傍らを過ぎ、深く茂る木々の影へ。
 垂れ下がる枝の上には一羽の鳥。赤い羽毛を闇に溶かし、じっと二人の様子を見つめているようだった。