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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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下・大地の剣・2、亀裂



 太陽が空のてっぺんに昇る頃。
 中央神殿の奥にあるラアの自室からは、元気な笑い声が響いていた。
「昨日はホント、おっかしかったねえ!」
「僕はちょっと、ひやひやしましたよ」
 ラアに応えたカムアは、傍でこのあとの会議の準備をしながら、肩をすくめてみせた。
「うん、どきどきした。でもやったよ! やっと、ケオルを騙せたよ! すっごい、目をこおんなにして、びっくりしてたよ、おっかしいの!」
 日が差し込み、奥から金に輝く瞳を指でさらに大きく開くようにして、ラアは声を弾ませる。
 ラアが“いたずら”をするのは、久しぶりだった。
 昨日、キレスをつれて戻ってきたケオルの前に、ラアは蛇の姿をして現れた。蛇に変身して見せたことは前にもあった。けれどひと月ぶりに変身したラアの様子は以前と違い、ウロコがかさかさでもなければ、瞳が彼の特徴を反映してもいなかった。今まで蛇という以外なにも意識せずに変身して、常に黒蛇だったのを、もっと別の、砂色をした模様のあるものにしてみたり。そういう工夫をすることを覚えたし、また、力もそれに伴うようになっていた。
 なにより、ラアは以前の明るさを、すっかり取り戻していた。自分が笑顔になるだけでなく、他人も笑顔にしてしまおうという気持ちが起こるくらいに。
「でも残念だったなあ。なんかちょっと、喧嘩してたみたいだったよね。そうじゃなかったら、もっと盛り上がっただろうなあ」
 唇を尖らせるラアに、カムアは曖昧に笑って見せる。珍しいことではないです、とは言えなかった。
「そういえば、カムアが言ったとおり。キレスには、変身してもおれの姿、見えるんだね」
「ジョセフィールさんにも、見えると思います。……多分、ですけど」
 出会った頃、カムアに見えていたように。それは月属神の持つ力のせいだと、カムアは言った。
「いつ、気付いたの?」
「ラアに会えなくなる、少し前だったと思います。あの穴の封印が、月属の力にしか反応しないって分かって。……そのとき、もしかしたらって、思いました」
「え、そうなの!? じゃあ、バレなかったのって、すごいラッキーだったんだねえ」
 初めて南へ向かったあの日、封印を開いたのがカムアではなく、キレスだったらどうなっていたことか。ラアは背筋をぞぞぞと震わせた。
 それにしても……月属。不思議な力。
 ラアはこのひと月、カムアから月属の力の性質がどんなものかを教わっていた。それは、基本の四つの属性とはまったく違い、力を生み出すのではなく、元々ある力を利用し、変化させるもの。そして、通常の力が外へ向けて発散されるものなら、月属の力は、同じ流れを作り、それを引き込む力なのだ、と。

  ――“力”を走る人に例えてみますね。
 普通の力が相対するとき、こちらとあちらから走ってきて、ぶつかって、倒したほうが倒れた方を抑えますよね。
 それを、僕達は、向かい合ったまま後ろに走って、相手のペースを崩して、力を殺ぐ。そんなイメージです。
  ジョセフィールさんは、“逆らわずに流れを戻す”って、いつも言ってました。

 未知の感覚だったので、ラアにはなかなか理解ができなかったけれど、カムアの話を聞いているうちに、月属の力の性質が、カムアそのものであるような気がしてきた。
 自分の思いを押し付けることをしないで、相手の思いを引き受ける。だからカムアは、ラア自身が見えていないものを、見ることができるのじゃないかと。
 自分は彼のように、見えないものを、見ようとはしていなかった。――見方が、分からなかった。
 けれど、今少しずつ、その方法が分かるようになった気がする。
 そうしてラアは、自身の内にあるあの、未知の力と、向き合うようになった。
 それが月属の性質と同じなら、今の自分にとってはまったく未知というわけじゃない。恐ろしかったのは、分からなかったからだ。けれどそれは、カムアの支えがあれば、少しずつでも、知ることができるはず。この力が自分自身のものなら、扱えないはずはない。いや、必ず、自分のものにしてみせると――そう、思うようになっていた。
「ラア、そろそろ行きましょう」
 ひと月に一度の定例議会。各神殿の代表が集まり、現状の確認、対策、情報交換などを行う場。けれどラアにとって、それは何より他の神殿の神々と会うことの出来る貴重な機会だった。
 カムアの言葉に待ってましたとばかりに跳ね上がり、ラアは扉を大きく開いて部屋を飛び出す。
「早く行かないと、みんな待ちくたびれちゃうよ! 急ごう、カムア!」
 前庭近くにある会議室まで意識を広げ、その力の種類や大きさをつかむと、誰がいるのかを大体知ることが出来た。東の代表ヤナセと、南の代表キレス、そして知神ケオルは、もう部屋にいるらしい。
(あれ……もうひとり)
 西の代表が、まだ来ていない。
(西の代表――ホリカのあとを、シエンが、継いだんだっけ……)
 ラアが駆けていた足を急に緩めたので、後ろを早足で追いかけていたカムアが、心配そうに瞬いた。
 ちょうどそのとき、神殿を覆う結界に変化があった。誰かが神殿を訪れたのだ。
「シエンだ!」
 ラアが再び駆け出す。中庭を突っ切って西側の建物の入口に立つと、列柱の向こうに開いた明るい風景の中にひとり、こちらへと歩いてくる人物を捉えた。間違いなく、シエンだった。
 満面に笑みをたたえて駆け寄り、ラアはひと月ぶりに会うこの、若き地の長の名を呼びかけようと口を開く――ところが……、
 声を結ばぬまま、ラアの表情が凍りついた。その人のまとう雰囲気が、ラアの知っているものと、ひどくかけ離れていたからだ。 
 前庭の石畳を無言で歩んでくるシエンは、顔をうつむけているわけではないのに、天から注ぐ陽の光を受け入れまいとするように半ば目を伏せ、その瞳に深い影を作りだしていた。思案に暮れているというふうではなかった。感情らしいものをすべて閉じ、そこに見えるものは、明らかな拒絶。
 シエンは前庭からの階段を上がると、ラアの側をそのまま、一瞥もくれずに通り過ぎた。
 すれ違うときラアが、不安と緊張を掻き立てるような威圧感を覚えたのは、シエンのその背の高さのためではなかったろう。そこには目に見えるものよりずっと高く強固な壁があった。大河の両岸に広がる砂漠の縁に聳え立つ、あの岩壁のように、降りかかるすべてを流し去るようなその雰囲気……そこからはラアの知るあの、心地よく包む緑葉の影に似た、穏やかな眼差しなど、ほんの微かにさえ感じられなかった。
 立ち尽くすラアの傍らにカムアが寄り添う。ふたりは同じように不安げな表情を浮かべて、過ぎ去る背をただ見つめていた。
 
 会議室の扉が開かれ、シエンが姿を現すと、談笑が途切れ、振り返り目にしたその様子に、場の雰囲気が一気に張り詰めたものになった。
 キレスは睨むように鋭い眼差しを向け、同じ顔でケオルは驚きを露にし、ヤナセは表情を険しくする。
 奥の椅子に腰掛け、やはり誰とも目を合わせようとしない友人に、ケオルが耐え切れない様子で口を開きかけたとき、再び扉が開かれ、王ラアとその補佐カムアが現れた。