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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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「あの時は……まあ、悪かったよ」ケオルはばつが悪そうに顔をしかめてから、「術使うのが嫌なら、ここでやってもいい。お前、持ってるだろ?」
 キレスはまた瞬いた。たかがゲームに、こんなに食い下がるなんて珍しい。何かあったのはこいつの方じゃないのか。
「ケオルお前さあ、なんでそんなにやりたがるわけ?」
「ああ、うん。……気分転換というか……」
 何か意味深な溜息をつくと、思案するように視線をはずし、ケオルはいつもの調子で喋り始めた。
「今ちょっと、ウシルとか、ヘジュウルのこと調べてて。ああ、ヘジュウルってのは、俺たち知属の祖って言われてる神なんだけど。その人物像一つとっても、記述が稀なうえ、どうもバラバラで。迷いが多く決め付けることがないとされたり、なんでも即決断するとされたり、真逆の性質が臆面なく並べられる。そのせいで、本当に存在したかどうか疑問視する説もあるくらいで、どうもなあ……。まあ、それだけじゃないんだけど……。まったく、文字って厄介だよ。事実も想像も同じように著されるんだもんな」
「ふうん」
 興味のない話を当然のように聞き流したキレスが、気のない返事をしてやると、ケオルは喋り切って満足したのか、ふうと一息ついてから、
「とにかく。雑念払って、一点集中して――それで勝って、すっきりしたいんだ」
「……はあぁ?」キレスの中で、何かがカチリと点火する。「なに言ってんだよ、俺が勝つに決まってんだろ」
「でも、前回も俺の勝ちだった」
「その前は俺だろ! ――分かったよ。ケオル、お前と勝負、してやるよ」
 キレスがついにそう言うと、ケオルはにっこり笑みを浮かべた。それを見て、キレスは脱力したように息を吐く。……結局、乗せられてしまった。考えてみればこいつとは、こういう流れになることが多い気がする。
 キレスは常に、他人と一定の距離を保とうとする。それは、記憶を失っているという弱みを意識するために生じる警戒心の表れだったのかもしれないが、とにかく、その距離を無視されたときは、いつだって話を中断してよかった。自分のペースを崩されるのが、彼には不快だったのだ。
 それなのに、ケオルには時々それが通じない。距離を開いたと思っていてもあっという間に縮められているし、話を中断したつもりが、いつの間にかまた続いていたりする。すぐにそうと気づけないのは、それだけ上手く計算されているからだろうか……?
 計算された結果だと思うと、騙されたようで癪にさわる。けれど面と向かっていると、まるでそう思わせないのが不思議だった。そうやって、近いと思ったり遠いと思ったりするのは、もしかしたら、向こうがそうしているのではなくて、自分が無意識に距離を縮めているのかもしれない、と思うことさえある。
(……変な奴……)
 ちょうど空を仰いでいたケオルがぱっとこちらを向いたので、キレスは思わず目を逸らした。
「見たか、今の?」ケオルは目を丸めて、興奮気味に言った。「あれは鷺だろ、でもあんなに赤い。フラミンゴみたいな淡い色じゃない、目が覚めるような赤だった」
「ああ……あの変な鳥だろ。そいつ、何度か森で見たな。キポルオの樹に、けっこうよく止まってる」
 キポルオの樹、という言葉がぴんと来なかったようで、ケオルは一瞬不思議そうな顔をしたが、
「へえ。キポルオが飼ってるのか? あんな色をしているから、兄貴ってイメージなのにな」
「まぁたお兄ちゃんかよ。お前どんだけ……」
 その途端、キレスの顔色が変わった。
 言われてみれば確かに、その色はフチアの目と同じ、その司る炎と同じ、赤。なぜだろう、今まで考え付きもしなかった。
 あの樹にやってくる赤い鳥に、いつも違和感を覚えてはいた。それは、草葉の緑と対照的な色であったから、そのせいだと思っていた。なぜなら、色を意識しなければ、その鳥はあの場所に、 何より相応しいとさえ感じることができたから。
 あの鳥がフチアで、あの樹がキポルオだといわれても不思議はない。キレスにはさっぱり理解できなかったが、キポルオとフチアは実際、友人関係にあるらしい。あの、対照的と思える二人が。まったく、信じられない。
 フチアと話をしたことはないし、何か言われた覚えもないが、どうも苦手だった。多分あの目のせいだ。なにものも受け入れることはないと、鋭く突き放すような眼。間違いを犯したら決して許さないというような、そんな厳しさを感じるから、ひどく不安を掻き立てられるのだ。
 ……やっぱり、どう考えても合わない。あの樹と鳥が、共にあって相応しいと感じていた自分自身に、今、少し腹が立った。
 ケオルが首を伸ばすようにして、自分の後方を捉えていた。それにつられるように、キレスも振り返る。
 キポルオとフチアの二人が、神殿入口に見えた。ジョセフィールと一緒になって、地面の方を見ているから、きっとあの賭けの話でもしているのだろう。
 キポルオとは、よく会うわりにあまり言葉を交わすことがない。キレスはそれでいいと思っていた。言葉なんか必要ない。……けれど、三人でいるときの彼は、いつも森で一人でいるときとは、どこか違うように思えて、少しだけ不安になる。
 自分の知っているキポルオは、本当の彼では、ないかもしれない。
 たとえそうだとしても、だからといって、何が変わるのだろうか。キレスには、分からなかった。
 ふいに、フチアがこちらに気づき、顔を上げた。何か言いたげに口を開きかけたケオルを無視して、キレスは杖を握ると、さっさと移動の術を用いていた。