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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

INDEX|36ページ/48ページ|

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 ラアが壇上の椅子に落ち着くまで、一言も話すものはなかった。ラア自身さえ、誰にも声をかけることをしなかった。そうして重苦しい空気の中、会議は始められた。
 進行役でもある補佐カムアは、ひと月前この中央神殿で起こった不可解な事件の調査結果を報告することから議題を切った。
「目的はいまだはっきりしていませんが……、突然現れた『睡蓮の精霊』の関与は間違いありません。進入経路は、河から神殿内の池へ水を引いている水路。その給水口にある結界の脆弱性をついたものと考えられいます。中央では早速、地上部分の強力な結界が及ばない部分、主に地下部分に対処を施しました。東西、そして南の神殿にも、先日、僕ができる範囲で結界を重ねました。この例は地下水路でしたが、他にも考えられるかもしれません。今いちど地下部分を確認していただきたいと思います」
「水路は給水排水ともに水属対応の結界が敷かれていたはずだが――それでは不足だったということか?」
 ヤナセが言う。確かに、今こちら側には水属の最高位が存在しない。彼の妻である医神ヒスカが、第一級の身でその代理を務めている状態だ。
「水属に対応する力が弱かった、というよりも、それだけでは足りなかった、ということなのです。――睡蓮の精霊は、そこを、難なく通過できたと考えられるのです」
「睡蓮って花だろ。だったら地属なんだから、水属対策の結界なんか通れるに決まってるじゃないか」
 キレスが当然のように言う。確かにその通りだ。……けれどヤナセは、その言葉に含まれた矛盾点に素早く気づき、はっと息をつめた。
「地属であるのに……水を伝って侵入したのか?」
「その通りです」ヤナセの疑問にはっきりとうなずき、カムアは答える。「地属であるはずの精霊が、水属の性質も、併せ持っていたんです」
「……どういうことだ?」
 ヤナセは思わず尋ねていた。そんな事は聞いたことがない。精霊が、複数の属性をまたいで存在するなど、ありえないと言っても良い。神々ですら、それが出来るのは太陽神と、生命神だけだ。特別で、高貴な性質といえるものだ。
「あの睡蓮の精霊は、特別な精霊なんだ。『生命神ハピ』の力を直接、受けてるんだよ」
 その疑問に答えたのは、ラアだった。その言葉があまりにも意外だというように、皆がラアに注目した。それらを受け止めて、ラアは話を続ける。
「北で力の衝突が始まったとき、あの睡蓮の精霊はそれをすごく怖がって、主に助けを求めたんだ。おれを連れて――それで、現れた場所にいたのは、間違いなく、『生命神ハピ』だった」
「生命神直下の、精霊……? だからといって、属性を複数持つ精霊など……」
「おれも、どうしてそうなったのか……ぜんぜん想像できないんだ。ケオルに聞いても、そんなことあるわけないって言うし。でも、おれが見たのは、嘘じゃない」
 まだ若いとはいえ、ラアは四属すべてを知る神々の王であり、その力が、力に対する感覚が、常人のそれを遥かに超えたものであることは、ヤナセにもよく分かっていた。それに、今までに例がなかったからと言って、これからも無いと決め付けるわけにはいかない。
「……戦のために生じた歪みのひとつ、というわけか」
 二重の称号のように、あり得なかったことが生じてきている。それが事実であると認め、対策を練るよりほか無い。
 そのような“特別”な精霊が、例の睡蓮のものだけとは限らないので、地下部分すべての結界を強化することで一致し、カムアは次の議題に移った。 
 南にある人間界への扉はもうしばらく閉じたままにしておくことや、各神殿の状況を確認し、いつもと変わらない流れで会議は進められた。今までのように和気藹々といった様子ではなかったが、ほとんどの者が初めての参加であるというわりに混乱も少なく、通常の議題は一時間そこらでまとまった。
「最後に……このたび二十年ぶりに、『予言書』に新しい節が加えられたことについて――」
 カムアが言うと、退屈そうに頬杖をついていたキレスは、ぱちぱちと瞬いてケオルのほうを見た。昨日、「予言書」に新しい節が刻まれていたという話は聞いていた。彼が落ち着かなかったのはそういうわけなのだが、二十年ぶりだとは聞いていなかった。ずいぶん長い間、更新されずにいたものだ。
 カムアから進行役を委ねられ、ケオルは神王と代表の間にある長方形のテーブルの上に、幅の広いパピルスを広げた。そこには一般的な文字でこう記してある。

 第52節
  地より伸びゆきし腕のうちに 孕みたるもの
  二色の玉を産み落とさん
  欠けたるもの 満ちみちて
  再び主の宿となす
 
「新しく『予言書』に加えられた節だ。……この“第52節”っていうのは、予言書の通し番号。有名な冒頭“ケセルイムハト”は第1節。新しいものは、そこから数えて52番目の節ということになる」
「千年かけて、52の節が著されているのか。……それで、意味は解けたのか?」
 ヤナセが尋ねると、ケオルは、
「――まず、『予言書』と呼ばれるものの内容について説明しておきたい。予言書なんて呼ばれているから、勘違いしやすいけれど、東の神殿の地下書物庫の壁に“浮かび上がる”一連の文字は、未来起こるだろう出来事を予測したものばかりじゃ、ないんだ。
 たとえば第50節。『天の主、長き時隔てその左目を開かん』――これは“月の再生”を表したもの」
「何でそれが月の再生なんだよ」
 月と言われて黙っていられなかったのか、月神キレスが口を挟む。
「天の左目が月というのは常識。ちなみに右目は太陽だ。覚えとけ、キレス」
「お前ら知属の常識を一般の常識みたいに言うなよ。なあ」
 キレスが同意を求めるように向くので、カムアは慌てて、曖昧な笑みを返した。
「いいから黙って聞いてろ。……一方、第3節はこうだ。『彼、その肉体をして魂を隠匿したれば、来世の野に憩い時の永遠を生きん』――これは冥界の王ウシルに関する節とされている。
 この通り、同じ『予言書』に、未来起こるべき事柄をほのめかしたり、冥界の秘密が隠されたりしているんだ」
「ウシルって、“はじめの王”じゃなかったのかよ」
 キレスがまた口を挟むと、
「はじめの王ウシルはその死後、冥界の王となった。お前、そんなことも知らなかったのか?」
 ケオルが呆れたように返した。放っておくと喧嘩になりそうだと思ったのか、カムアが、
「それで……新しい節は、どちらになるんですか?」
「ああ、それなんだけど……。これだけでは何だか分からないだろう? 他に繋がるものが見当たらないときは、それ以前に記されたものと類似のものを探せばいいと言われた。そうすると、最も近いと思われるのが、これだ」
 言いながらケオルはパピルスにペンを走らせる。

 第4節
  門をくぐりゆきし王の魂、
  イチジクとブドウの実を食して戻らん

「どこが近いんだよ」
 キレスが突っ込みを入れる。今度ばかりは否定できなかったようで、ケオルはきまり悪そうに肩をすくめ、
「二色の玉に相当する部分が、イチジクとブドウかなと……というか、他に見当たらないんだ、それらしいものが」
 と、言い訳めいたことを口にした。
「王の魂……か。では、これは冥界の秘密に関する節なのか?」