睡蓮の書 二、大地の章
悲鳴に近い叫び。シエンのその声に、ホリカの指先がわずかに応えた。
シエンは素早く傷口を確認し、溢れ出す血液にその手を濡らして力を注ぐ。引き離された組織をつなぎとめようと、必死で――しかしその力は、ほんの僅かにも作用する気配が感じられなかった。湧き上がる絶望感を否定しながら、シエンは震える腕から絶え間なくその力を注ぎ続ける。
ふいに、ホリカの瞳が……ほんの僅かに、開かれた。
もう一度、石に伸ばされた指先をぴくりと動かし、そうして、ささやく様な、かすれた声で、弟に語りかける。
「剣……を……。シ、エン……」
……それが、最後だった。
全身を支えていた力が流れ出たかのように、ただ地にその身を横たえ、そうして、もう一度閉じられたまぶたは、その指先も、二度と動く気配はなかった。
ざわり。……何かが急激にシエンの全身を満ちる。
その手が無意識に、ホリカの指先にある茶褐色の石を掴んだ。
「ひ……へ、へ……」背後でミンが声を漏らす。「終わり……だぜ」
見開かれた新緑。振り向きざま薙いだシエンのその腕の先に、握られた一振りの剣。
彼の目と同じ新緑の、鮮やかな輝石を無数に閉じ込めたようなその刃。するりと湾曲した、細身の剣。
翠緑に輝くその刃に、真紅の鮮血がべったりと塗り込められる。
音もなく、ミンの姿は、振り上げた短剣とその笑いを刻んだまま硬直し、そして……首から上が、ずるりと滑ると、地に落ちた。
ほとばしる血はシエンの褐色の肌を赤赤と染め上げる。胸の奥から絞り出すように繰り返される呼吸。開かれた新緑の瞳は、瞬きを忘れたように大きく見開かれたまま、空虚を見つめる。
シエンの手から、彼の剣が抜け落ちた。
「なんで……姉さん……」
深くうな垂れ、つぶやく。強く握った拳は、わなわなと震えていた。
「こんな……こんな物のために……っ――!!」
無造作に投げ出された、翠緑の剣。その刃は赤く広がる血の池に、怪しいほど色鮮やかに浮かび上がっていた。
下・大地の剣 に続く
作品名:睡蓮の書 二、大地の章 作家名:文目ゆうき