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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

INDEX|30ページ/48ページ|

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 ぴしゃりと閉じる言葉。シエンはびくりと肩を揺らした。
「真実は自身の内に求めずして得られるものではない。お前は、その持つ力さえ知ろうとしない」
 焦燥感に似た何かが胸の奥を締め付ける。
“自身の内に” ――何を求める?
“その持つ力” ――それは「ゲブ=トゥムの剣」。
 胸中に浮かんだ疑心が、その奥深くまで根を広げる。……キポルオはやはり、剣を握らせようとしている。
 いったい、何のために……?
 剣を手に、力を手にし、そうして争うことが、彼の望みなのか。
 セトと争わせようというのか。……それはキポルオが、先代の大地神の息子であるから……? 大地神ゲブ=トゥムの名を冠するにふさわしいものを、見定めるために――?
(それが、キポルオの言う“真実”なのだとしたら)
 シエンは強く目を閉じた。手にした神杖を握り締め、苦々しくゆがめた表情のまま首を振る。
「そんな真実――俺には、必要ない……っ」
 ――そのとき、腹の底を突き上げるような振動を感じ、シエンは弾かれたように顔を上げた。
(……何……だ?)
 地そのものが震えていたのではない。はるか遠く、地の底から、伝い広がるそれは、何かの力の衝突を知らせていた。
 まもなくそれが西の砂漠の地下にある、聖域から届いたものだと知ると、意識が急速に脳をめぐり、ある小さな一点に結びついた。
 今朝、姉と話したこと。その差し出した、飾り帯。
(――まさか)
 シエンの顔がさっと青ざめた。考えてみれば、聖域で争い倒れたはずの自分を、姉はどうやって連れ帰ったのか。
 姉は、身を守る手段として、自分が剣を持つことを望んでいた。もし、あの飾り帯が、聖域への道を開けるものだとしたら……。
 差し出された帯を、つき返すべきではなかった――!
 足の痛みも忘れ、シエンはすぐさま膝を折ると、この地を後にした。

      *

「まさか、ホントーに手に入れちまうとはなぁ」
 深い洞窟の薄闇に現れた男はそう言うと、ホリカを顎から見下ろす。
 片方の手に短剣を二つ、もう片方には、茶褐色の小石がもてあそばれている。
 短剣からは血が滴る。地にうずくまるホリカの背には、赤く裂かれた二筋の傷。
「セトの言ったとおりだ」その男、ミンは喉を鳴らすように笑った。「気付かないとでも思ったか? 残念だったなあ。セトは今、暇をもてあましてんだよ。聖域の変化くらい、小さくたって簡単に捉えちまうのさ」
 ホリカは痛みで揺らぐ意識を必死で束ね、その手に聖杖を握る。
 聖域に来れば、敵に会うかもしれないと、覚悟はしていた。――あの石を、剣の核となるはずのものを、北に渡すわけにはいかない。
「何だぁ? やる気か? あんた、ここがどこか分かってんだろうなあ」
 ミンは余裕の表情を浮かべている。
 目を閉じ、息をすっと吸い込むと、ホリカはその身に力を満たす。ここは空気が薄い。天空神である彼女の得意とする技は、どれも外界の環境を利用したものばかり。ここではまず、自ら環境を作り出さなければならない。
 地下の洞窟が、徐々に湿った空気で満たされはじめた。ひやりとしていた空間が、肌にべたりと張り付くような湿気に覆われ、ミンはわずかに眉をしかめる。
 次の瞬間、闇の空間が激しい閃光に包まれた。立ち上がる雷光――それは火花を散らすような音を立て、光は無数の細い蛇のように空間をのた打ち回る。
「ちいッ!」
 ミンは目を刺すような光に顔を覆う。その腕に一筋の雷光が食いつき、じゅ、と小さな音を立てた。見ると、腕には小さなこげ跡が残るだけ。ミンは口の端をにやりと持ち上げた。
「ふふ……は、あーっははははは!!」雷光渦巻く中、身を仰け反らせ声を上げる。「あんたの力、この程度かよ!」
 そうしてミンは地を蹴り躍り上がった。雷光をまるで飾り物でしかないというように易々と通り抜け、手にした短剣を交差するように振り下ろす。ホリカは素早く身を翻した……つもりでいた、しかし思ったように身体が動いてくれず、刃の先が白いワンピースを引き裂くと赤い血がじわりと滲み出た。
 ホリカは小さく悲鳴を上げると、力を振り絞るように意識を集中させた。それに応えて雷光が彼女の下に集い、敵を威嚇するようにホリカの前に壁を作り出す。その雷光を侮ったミンは、せせら笑いを浮かべて手を触れた瞬間、腕を伝った電撃におののくように数歩退いた。
「……ひひひ……。きれいだねえ、この切れ味。ひっかかりひとつないだろう? こりゃあ、今までで最高の出来だぜ」
 それでもミンの口元には下品な笑いが張り付いたままだった。
 ホリカは唇を噛む。地の底深くにある閉じられた聖域、地の精霊とその作り出す純粋なエネルギーに満たされたここでは、風属である彼女の力は思った以上に、抑制されていた。普段どおりの力ではこの通り、何の効果も期待できない。それに……身体が、重い。傷を負っているためだけではない、ここには地上にあるような……体を包み、自身の力を自由に広げてくれる大気がない。
 肩を激しく上下させ、ホリカはミンの右手に、短剣とともに握られた石を見つめる。
(あれだけは……取り戻さなくては。――なんとしても!)
 険しい表情で敵を捉えていたその瞳を、ホリカは再び閉じた。
 ニヤニヤと笑みを浮かべながらホリカの様子を観察していたミンは、しかしそれから、ホリカが何の力も現す様子がないことに、次第に苛つき始めた。  
「なんだ。もう観念したのかぁ……?」
 一歩、二歩と近づき、首をかしげるようにして見下ろすと、そこにまた笑みが浮かぶ。
「なら、そろそろ殺してやろうか……!」
 ミンは唇を舐め、地にうずくまるホリカの肩に触れようとした――。
 その瞬間……ホリカが身を起こし、素早くミンの腕を捕らえると、全身から稲妻を呼び起こした。
「ぎぃゃああああっ!」
 激しい電撃に身もだえ、ミンはその手に握っていたものを地に投げ出す。二つの短剣と、そしてあの石も。
 ホリカは夢中で腕を伸ばした。……溜めた力を一気に放出し、身体の負担も大きかった。四肢の感覚はもう確かではなかった。
 伸ばされた指先が、茶褐色の石を掠める――しかしそのとき、激しい怒りにとらわれたミンが自身の短剣を拾い上げ、猛然とホリカに襲い掛かった。振り下ろされた刃はホリカを背後から深く突き刺し、腰から脇腹にかけてを真っ直ぐに切り裂いていた。
「あ――……あぁっ!」
 地に崩れる。ミンはそれに馬乗りになると、狂気に駆られたような恐ろしい形相で再び剣を振り上げた――
 と、そのとき。地が低くとどろいたかと思うと、精霊たちがざわざわと湧き出すようにあたりを満ちはじめた。
 ミンはこの地の異変にひどく動揺した様子で辺りを見回す。
 姿を現したのは、シエンだった。
 その双眸がミンに向けられる。闇の中にうっすらと、しかし確かに灯る緑――それらに捕らわれたミンは、一度激しく身体を揺らしたかと思うと、次には、まるで金縛りにあったようにぴたりとその動きを封じられていた。それは、属長が同属の者たちに与える影響力、君臨するものの持つ威圧感。
 シエンはすぐに姉の存在を確認した。血溜りの中に横たわる女性――ホリカは既に意識を手放していた。
「姉さん……っ!」