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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 二、大地の章

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中・疑い・3、千年前



 闇を漂う。まるで、異空間にひとり閉じられたように。
 何も見えず、聞こえず……身体の感覚すら、なかった。
 自身の意識の中を深く潜っているようなその中で、シエンは記憶に刻まれた古いテーブルの在り処にたどりつく。
 西の、地下だ。
 寝台の横に置かれていたあのテーブルは、以前、壊れた家具やガラクタと一緒に、地下の一室に押し込められていた。シエンが、あの古いパピルスの書を発見した場所だ。
 気のせいなどではなかった、見たことがあったのだ。――そう確信した瞬間、漂っていた意識が急速に一点に集わされた。
 そして、シエンは目覚める。
 ゆっくりと、光が広がる。次いで、ぱちぱちと何かがはじける音、低く風がうなるような音。
 炎だった。
 目の前の木々が、燃えていた。昼の晴天に似つかわしくないその光景、そこは林の一端であるようだった。
 燃え盛り、迫る炎……このままでは自身も巻き込まれてしまうだろう、しかし危機感なく、シエンはただそれをじっと映すばかり。
 やがてそこに、人々の存在を知る。
 それは木々の傍に立つものたちと、そして、上空に身をとどめるものたちの二種あった。見たこともない人々――その数は今では考えられないほど多い。
 ここは、自分の生きている時代とは違う。シエンはそう確信していた。おそらく、まだ他属間の混血の進んでいない、遠い過去――というのは、それらは地に立つものと天に浮かぶものという差だけでなく、外見が明らかに別のものだったからだ。
 古い書物は伝えていた。今ある神々の属性は、ずっと昔、はっきりとした外見の差をもっていたのだと。肌の色、髪の質、体格や服装まで、属性が違えば明らかに異なっていたし、区別も容易であったと。そこにある二種の存在にも、そうした「差」が確かに見とめられた。
 二種の神々は、シエンの立つその場の左右に陣を取るようにあり、地のものは林に広がる炎を消し止めようと奔走しているのに対し、天にあるものはただそれを見守っている。静観、それどころか、笑みをたたえているものすらいる。
 体格による差異からも、地属と、火属の神々であるように思われた。そして、それを確証付けたのは、すぐ後に現れた二人の男神だった。
 そのうちの一人、地に現れたほうの男は、他のどの神々よりも年長であるらしく高身長で、歳にふさわしい威厳を漂わせていた。連続した菱文様を織り込んだ古風な外套を翻し、林に群がる同属のものを引き離すと、そこを囲むような巨大な岩壁を地から引き上げる。広大な範囲を、たった一人で。
 天に現れたもう一方の男は、それよりずっと若く、黒々とした肌を腰布一枚で覆っているだけだった。小柄な体躯にもかかわらず、突き出した腕からほとばしる閃光は彼の強大な力を見せ付け、地上の男神が岩壁で囲った大地へ投げられた炎は躍り上がるように、その広大な面積を這い、焼け焦げた木々とともに一瞬にして光の中に消え去った。 
 地に立つ、外套の男がゆっくりとその力を収める。岩壁が地に沈み、足元に広がる不自然に開かれた空間には、白と黒の灰が土の上に残るばかり。それをみつめる瞳は、鮮やかな緑色をしていた。
 天から力を用いた若い男は、瞳に特徴があるわけではなく、長ではないのだろう。しかしその力量から、火属の高位神に違いなかった。
 シエンには、各属性の上に立つ者が協力して、この小さな問題を解決したように映っていた。……ところが、
「これは一体どういうことか」
 地に立つ年長の男……地属の長が、無言で立ち去ろうとした火属の高位神を呼び止めた。
「新たなる王、太陽神ホルアクティは、火属のこのような振る舞いを認めようというのか」
 その声に瞳に、怒りの色を隠さない。
「ホルアクティ神とは関係ない。無論、我々にも。下が勝手にやったことだ」
 火属の男は無表情で言い放った。
「その言い様……上に立つ責をも負わぬはまさに火属の悪癖。それが王座に昇ろうとは」
 その瞳の緑に明らかに侮蔑の色をさし、地の長はさらに続けた。
「王ウシルの崩御から七十日の喪が明けた昨日、そなたら火属の長が、王妃の立場で公にした“予言”とやら――あのようなものをどう信じよというのだ。……わしは、認めぬぞ」
 長の言葉に、姿勢を低くし控えていた地属の神々が、その意思に同調するように一斉に火属の男を睨む。空気がきんと張り詰めた。
 火属の男は、それにかまう様子もなく淡々と応える。自身よりひとまわりほど大きな体格をした地の長を、臆するふうもなく天から見下ろしたまま。
「王妃は言ったはずだ、あれは亡き王ウシルの遺志であると」
「ではなぜ、王ウシルがそれを公表しなかった……? 予言とやらもまた、事実下されたものかどうか怪しいものだ」
「地の長殿は疑り深い。そこまで言うなら、自身で確認されるがいい」
「確認するすべなどあるものか! “予言の主”ヘジュウルはウシル王と共に世を去ったのだからな。――これは偶然か? ……出来過ぎておる……。混沌の闇を『冥界』として閉じるその時期が早まったためと言うたな。……その実、“早めた”のでは、あるまいな」
 地の長の言葉に、火属の男から笑みが消えた。地と火の二神は互いの瞳を鋭く交える。背後に負う神々もまた、睨み合う。
「何が言いたい、地の長よ」
「予言はこうであったな。“王が月を伴えば、世界が再び混沌に還る”、と。そのために、ハピ神が王位の継承を辞退したと……? 現妃はそれをまさに望んでいたであろうな。ウシルから王位を奪い、先妃の息子たるハピからは継承権を取り上げ、実の息子ホルアクティに与えることとなった。――まこと、都合のよい話よ!
 先妃は病弱であったとはいえ、その死は突然に訪れた。……今となってはそれさえも疑わしいわ」
 地響きに似たその声色。緑の瞳は敵意をあらわに、火属の男を捉える。その怒りに煽られるように、地属の神々が口々に火属のものを罵った。火属の神々ももちろん黙ってはいない。ざわざわと、声が重なり、それはより大きく喧騒となって広がろうとしていた。
 ところが、火属の男はせせら笑いを浮かべ、
「地の長殿は、先の妃であった妹君の死を悼むあまり正常な判断を欠いていると見える。その死がまるで我らが長の所為であるとでも言いたげだが、どこにそんな証拠がある? 逆恨みもいいところだ」
 火属の神々は、巻き返したとばかりに声高く相手を罵倒しはじめた。今にも、目に見える形で衝突が起こりそうだ。
 地の長は鋭くその瞳をめぐらせ、血の気の多い下位神らを牽制する。巻きつけた外套に口元を隠すようにして、緑の眼光をとがらせると、それは再び火属の男を捉え、そこから動かなかった。
「そなたらの企み、気付かぬと思うてか……」
 地の長は、腹の奥から響かせるような低い声をもらす。
「死人に口無しとばかりに王ウシルを退け、偽りの“予言”まででっち上げた……。先の妃の遺したウシルの正統なる後継者、ハピ神を退けんがための謀略の数々――。偽りで塗り固めたホルアクティの王座など、許されてはならぬ……! わしは認めはせぬぞ、断じて!」