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ロロと12人の妻

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「王は……王はスケイルズ卿を見棄てたのです!」
「まさか」
「そうに決まっています。こうなるのは時間の問題でした!」
 メイドの声は泣き声に変わっていました。わたしの手を振り払い、廊下を駆けていきます。
 下半身の力が抜けていくようでした。おそらく、メイドのいったことは真実でしょう。腕は立つものの身勝手で我儘な夫を、国はついに見限ったのです。連合軍は屋敷が寝静まった時間を狙っていたはずでした。国の助けが得られないとなれば、対抗できるはずがありません。
 隙をつかれた兵士たちは、慌てて身支度を整え、武器を手に応戦しているようでした。家のものたちも着の身着のまま我先にと外へ逃げようとしています。ふだんは静かな屋敷には、悲鳴や怒号が飛び交っていました。
「ヴェラ様!」
 ジュリアがわたしを見つけ、駆け寄ってきました。若い妻のひとりです。髪を振り乱し、顔面蒼白でわたしの服の袖をつかみました。
「早く逃げましょう。ここにいては危険ですわ」
「ええ」
 ジュリアと手を取りあって駆け出したところで、足を止めます。奇妙な予感が張り詰めた心にぽつりと生まれ、あっという間に広がっていきました。
「どうなさったのです?」
 突然立ち止まったわたしの腕を引きながら、ジュリアが叫びます。わたしは彼女の手を逆につかみました。
「ジュリア、あなた、今夜はあのひとのところへ行っていたのでは?」
「え?」
 ジュリアは戸惑ったようでしたが、わたしの顔を見てただごとでないのがわかったのでしょう。すぐに頷きました。
「ええ。でも、使いがきて、こなくてもよくなったと……」
「使い?」
「ロロですわ。あの子はスケイルズ卿のお気に入りですから、今夜もきっと……」
 羞恥と屈辱が入り混じった複雑な表情が一瞬はしりましたが、そんなことは気になりませんでした。わたしはジュリアの手を離しました。
「ヴェラ様!」
「先に行っていてちょうだい」
「どこへ行くのです?」
 ジュリアの声を遠くに聞きながら、わたしは屋敷の奥へ向かいました。逃げ出そうとする家の者たちとぶつかりあうようにして、前に進みます。
 最奥に位置する夫の部屋の付近にはすでにひとの姿はなく、ふだんと変わりがないようにさえ思えました。ドアを開けると、室内は真っ暗でした。
「あなた!」
 わたしは手探りで灯りを探しました。ランプに火を入れ、振り返ると、目の前にロロが立っていました。
 予想していなかったわけでもないというのに、わたしは心臓が止まってしまうかと思うほど驚き、声を上げました。ロロは対照的に落ち着き払っていて、無表情にわたしを見つめます。
「ロロ……」
「だいじょうぶです、ヴェラ様」
 ランプを握り締めているわたしに、ロロはゆったりとした微笑を向けました。
「すべて終わりました」
「すべて?」
 そこではじめて、わたしはベッドの上の影に気づきました。半裸の夫がうつ伏せに倒れていて、その下のシーツはじっとりと血に濡れ、不自然にたれ下がっています。
 ロロの手には短剣。その刃先にも、夥しい量の血が付着していました。ロロのいうとおり、すべて終わっていたのです。そのことに気づいたとたん、わたしの体から力が抜けました。
 背後が騒がしくなってきました。逃げなくては。わたしは体を傾け、ドアを開けようとしましたが、体が動きません。
 うろたえているうちに、反対側からドアが開きました。ガウンを羽織った兵士のひとりが、青褪めた顔で飛び込んできます。
「敵が攻めてきてます。ご指示を……!」
 若い兵士の目がわたしとロロをとらえ、それから倒れている夫へ向けられました。彼は即座になにが起きたのかを理解したようでした。手にしていた剣を構え、いきなりロロに切りかかります。
 ロロは軽い身のこなしで攻撃をかわし、血に濡れた短剣を閃かせました。兵士のガウンが真一文字に避け、新しい血が飛び散りました。
「やめて!」
 どちらに向けていったのか、わたしにもわかりませんでした。兵士は脇腹に負った傷を庇いながら、わたしとロロの間に体を割り入れました。
「ヴェラ様、逃げてください!」
 逃げるべきなのは彼のほうでしたが、ロロが動くほうがはるかに早く、すでに兵士の喉に短剣が迫っていました。
 そのとき、ベッドで夫が呻き声を上げました。ロロがはっとして振り向きます。わずかな隙を、兵士は見逃しませんでした。
 まるで歌劇のワンシーンのように、よく研がれた剣が、ロロの下腹に突き刺さりました。
 兵士は剣を抜こうとしましたが、ロロがその刃をしっかりと握りしめたため、うまくいきません。左手で剣を押さえ、右手に握った短剣で、ロロは兵士の首を切り裂きました。
 兵士が眼を見開いたまま、ゆっくりと倒れます。ロロはよろけながらもしっかりと足を張り、短剣を棄てて両手で刃を握りました。
「いけない!」
 わたしが叫ぶのを聞かずに、ロロはひと息に剣を引き抜きました。血飛沫が飛び散り、わたしの顔を濡らします。
 血に塗れた部屋に、まだ息があったらしい夫が低く笑う声が響きました。
「まったく愚かな奴らだ。救いようがない」
 血の気を失った顔を歪めながら、夫は笑いつづけます。
「さぞかし満足だろう。どこへなりと行くがよい」
 ロロが呻きながらその場に膝をつきます。傷が浅くないことは、ひと目見てわかりました。わたしは服が汚れるのにもかまわず、小柄な体を支えました。
「しっかりして、ロロ」
 ロロがわたしから顔を背けて血を吐きます。赤く染まった薄い唇が細かく震えました。
「逃げてください」
「あなたもいっしょに」
「いいえ、だめです」
 よろけながらも、つよい力でロロはわたしを押し退けました。
「わたしはここに残ります」
「ロロ……」
 ロロの肩をつかみかけ、わたしは立ちすくみました。夫が床を這うようにしてこちらへ向かってくるのが見えたのです。
「触るな、ヴェラ」
 夫は荒く息を継ぎながら、腕の力だけでロロに近づきます。出血がひどく、ふつうなら身動きどころか、すでに命を失っていてもおかしくないほどでした。
 ロロの体も、長くもちそうにはありませんでした。かろうじて上半身を持ち上げながら、横目に夫を見ます。怨みとも憎しみとも形容できない不思議な眼差しでした。
「行ってください」
「あなたを置いてはいけないわ」
「早く。間に合わなくなります」
 いやな匂いに、わたしははじめて気づきました。煙の匂いです。屋敷に火が放たれたのです。
「ふたりだけにしてください。お願いです」
 いつの間にか、夫がロロのすぐ背後に迫っていました、わたしは咄嗟に短剣を拾い上げ、拙い手つきで握りしめました。
「なぜ……」
 夫の手がロロの腰をつかみ、引き寄せます。ロロは抵抗しませんでした。傷のせいで動けなかったのではなく、夫に従ったのです。
「なぜなの?」
 わたしの問いに答える者はありませんでした。ロロにも夫にもわからなかったのかもしれません。まるでたいせつな宝物でもあつかうようなやさしい手つきでロロの体を胸に抱く夫を、わたしはただ呆然と見下ろしていました。
 煙が勢いを増し、部屋のなかに潜りこんできました。わたしは短剣を投げ棄て、ふたりに背を向けました。
作品名:ロロと12人の妻 作家名:新尾林月