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ロロと12人の妻

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「どこかに行くのか」
「バーナビー夫人の園遊会ですわ。先日申しましたでしょ」
「おれは行かんぞ」
「わかっています。わたしひとりで参りますから」
「待て」
 通り過ぎかけたわたしを、夫が呼び止めました。夫はなんともいえない熱のこもった目でわたしを見ています。
「帰りは遅いのか」
「ええ、たぶん……」
「早く帰ってこい」
「え?」
「今夜、部屋にくるんだ」
 自分の耳を疑いました。夫がわたしを寝室に呼ぶのは何年ぶりでしょうか。立ちすくむわたしを置いて、夫は剣を手に出て行きました。

 わたしは気分が悪いといって、園遊会への出席を取りやめました。バーナビー夫人は短気なひとですが、わたしは気に入られているので、一度ぐらい断ってもどうということはありません。
 丹念に体を洗い、全身にオイルを塗ってマッサージを受け、髪に櫛を入れて、支度を整えました。
 これほど夜が待ちどおしいのははじめてでした。この家に嫁いできてから、夫とふたりきりで夜を過ごしたのは数えられるほどしかありません。正式な妻として、夫に愛されることができる。その喜びは、疲れきっていたわたしの心を意外なほど浮き立たせました。
 夫に対する気持ちを怨みだとばかり思っていましたが、その実、彼を愛し、彼に愛されたいと願っていたのかもしれません。少女のように胸をときめかせながら、わたしは夫の部屋へ向かいました。
 ドアを叩くと、室内から呻くような声が聞こえました。
「ヴェラか?」
「ええ、わたくしです」
 呻き声を確かめようと耳を近づけたとき、ドアが開きました。上半身を剥き出しにし、腰に布を巻いただけの夫が立っています。
「さあ、入れ」
 わたしを招き入れるために、夫が体をずらしました。
 わたしの笑顔はぎこちなく凍りつきました。夫の肩越しに、ベッドで横たわっているロロの姿が見えたからです。
 ロロもわたしに気づき、体を起こそうと身じろぎましたが、うまくいきません。後ろ手に縛られているように見えました。
「わたくし……失礼しますわ」
 後ずさりかけたわたしの腕を、夫がつかみます。いっさいの加減なしに引きずられ、わたしは室内に転がりこみました。
「おまえは正妻なんだ。遠慮することはないだろう」
「あなた!」
「心配するな。あとでちゃんと可愛がってやる」
 夫はわたしから目を離し、ベッドにもどりました。ロロが不自由な体勢のまま暴れて逃げようとしますが、夫の手によってすぐに押さえつけられます。
「逃げればこいつを殺す」
 ロロを組み敷きながら、夫がわたしのほうを見ずにいいます。体に力が入らず、動けといわれても動けなかったでしょう。夫がロロを犯すのを、わたしはただじっと見つめていました。
 気丈に声をころすロロの上で、夫は不細工に動きはじめました。ほどなくして、小さな声とともに、硬直しました。ベッドに投げ出されたロロがかすかに痙攣しているのを、わたしは見つめつづけました。
「ヴェラ」
 夫が振り向きます。冷酷な表情。わたしは恐怖に怯え、下半身をずらすようにして逃げ出そうとしましたが、すぐに夫につかまえられてしまいました。
「いや!」
「喚くな。さっさとこい」
 夫は楽しんでいるようでした。わたしの髪をつかみ、ベッドへ引きずり上げます。薄い寝着をたくし上げ、下着を剥ぎ取って、ロロに見せつけるようにわたしの両脚を大きく拡げました。
「よく見ろ、ロロ。これが女だ」
 そのときの屈辱は一生忘れないでしょう。夫はわたしの喉に短剣をあてがい、ロロに直視を強要しました。
「さあ、こいつを穢せ。そうしなければ……」
 短剣の鋭い刃がわたしの喉に食いこみ、小さな痛みがはしります。
「やめて!」
 わたしの叫びを聞いたロロが、一瞬怯み、体を引きます。そのとたん、痛みが烈しくなりました。短剣がわたしの喉を切り裂いたのです。
「やめてしまっていいのか?」
 その瞬間、生への執着が、屈辱を打ち負かすのがわかりました。わたしは雌鶏のような悲鳴を上げました。
「ロロ!」
 ロロは戸惑ったような表情で、わたしと夫の顔を見比べました。わたしの顔の横で、夫が楽しくてたまらないというように笑います。
「はっきりいえよ、ヴェラ。どうするんだ。どうしてほしい?」
「お願い……」
 恐怖が理性を凌駕し、すでにまともな意識は存在しませんでした。わたしは涙を流しながら、夫の腕にすがりつきました。
「さあ、いってみろ、どうすべきか」
「ロロ……助けて……」
 ロロの顔を見ることはできませんでした。わたしは嗚咽を漏らしていました。
「ロロ、姫の命令だ。早くしろ」
 短剣の刃が徐々にすすめられ、わたしの首からは血が流れはじめます。躊躇いながらも、ロロは手を縛られたまま、わたしに近づきました。
「女ははじめてだろう。ヴェラ様を存分に味わうがよい」
 夫の高圧的な声が遠くに聞こえます。ロロのまだ幼い触覚が侵入してくる感覚を鋭く体に刻みこみながら、わたしは声が嗄れるほど泣きつづけました。

 夜明けすぎに、夫は出て行きました。啜り泣いているわたしのそばで、ロロが床に額を擦りつけていました。まだ手首を縛られたままの、無様な姿でした。
「申し訳ありません、ヴェラ様」
 頭を深く下げたまま、ロロは泣いていました。わたしは無意識に夫が置き去りにしていった短剣を手にしました。
「わたしの首を裂いてください」
 切迫した声でロロがいいます。
「その剣でわたしを殺してください。お願いです。ヴェラ様!」
「そんなことはしません」
 わたしは小刻みに唇を震わせていいます。自分の口から放たれているのにもかかわらず、他人の言葉のように思えました。
「ロロ」
「はい、ヴェラ様」
 わたしの手のなかで、短剣が朝日の輝きを反射します。その白い光はひどく純粋で、清潔でした。ただの一度でも、夫に愛されると思った自分が恥ずかしく思えました。
「あのひとを殺して」
 短剣の刃の煌きを見つめながら、死人のような声でわたしはいいました。

 その夜、わたしは寝つくことができませんでした。
 ベッドに跪き、両手をあわせて祈りを捧げます。夫は信仰を持ち合わせてはいません。わたしは祈ることすら、夫の目を逃れてひっそりとしなくてはならなかったのです。
 実際に手を下してはいないものの、わたしが妻たちや夫を死にいたらしめたことは確かです。神がゆるすはずがありません。しかし、それは夫に対してもおなじことです。あのひとはおそらく、ひとりで生きてひとりで死んでいくのでしょう。12人もの妻に囲まれていながら、だれにも看取られることなく、たったひとりで。
 そのときでした。けたたましい音で、わたしは我に返りました。この屋敷にきて10年以上になりますが、警笛が鳴ったのははじめてでした。間違いとは思えません。わたしは素早く服を着こみ、部屋を出ました。
「なにごとです」
 廊下を走ってきたメイドが、青褪めた顔でわたしに取りすがります。「たいへんです。連合軍が攻めいってきたのです」
「なんですって」
 わたしの顔からも血の気が引きました。
「すぐに援軍を要請しなくては」
「それが、使いのものがまだもどらないのだそうです」
「どういうこと?」
作品名:ロロと12人の妻 作家名:新尾林月