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ロロと12人の妻

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「いくらなんでもそんな……12人も妻を持つことにしても、ゆるされるものではないのですよ」
「だれのゆるしがいるというのだ。国王か? それとも民か?」
「……神です」
 わたしの言葉に、夫は声を上げて笑いました。
「おもしろい女だ、ヴェラ。考えてもみろ。そんなものが存在するなら、おまえだって、とっくに救われているはずだろう」
 視界の隅で、夫の手が空になったワイングラスをテラスの手すりに置くのが見えました。
「妻にできないのなら、養子にしよう。兄弟はいたほうがいい」
「兄弟……?」
「いっていなかったか。ヒルダが身籠ったのだ」
 その言葉は、硬い銅器へと姿を変え、わたしの頭をつよく打ち叩くようでした。
「はじめての子だ。産まれるまではたいへんだろうからな。おまえも、労ってやれ」
 それだけいうと、夫は悠々とした足取りで部屋にもどっていきました。
 わたしはそのまましばらくの間顔を上げることができませんでした。

 ロロを妻、もしくは養子にという夫の案は、当然のことながら、大反対にあいました。届けを受けた国王は烈火の如くお怒りになったそうです。夫の勝手がゆるされているのは、戦場での働きが評価されてこそのことですが、それにしても、限界というものがあります。国王に厳しく制されて、夫は不承不承、下男というあつかいでロロを囲うことに決めました。
「本当に目障りな子ですこと」
 ティーカップに付着した口紅をナプキンでそっと拭いながら、ヒルダがいいました。給仕を終えて出て行くメイドの背中を鋭い目で見つめながら、大仰に首を振ります。
「百姓のくせに、態度を弁えもしない。先日など、わたくしのことをそれは生意気な顔で見ましたのよ」
 12人の妻が揃ってのお茶会は憂鬱でした。わたしは全員の顔が見渡せるもっとも高い席についていましたが、会話の主導権を握っているのはヒルダでした。
「神経が太いのは育ちのせいかしら。ねえ、クリスティーン」
「ええ……」
 一番若いクリスティーンが、ぎこちない笑みを浮かべて、横目にわたしを見ました。
「あら、いやですわ、ヴェラ様。勘違いなさらないでくださいね。わたくし、べつに、お国のことを申し上げたんじゃありませんわよ」
「わかっています」
 わたしは平然といってみせ、ゆっくりと紅茶を口に含みました。
「クリスティーン、あなたのせいで、ヴェラ様がご機嫌を損なわれてよ」
「申し訳ありません」
 かわいそうなクリスティーンは、矛先を向けられ、真っ青になって俯いています。ほかの妻たちは、そんな彼女を同情の眼差しで見ましたが、助け舟を出すことはありませんでした。
 子を宿してからというもの、ヒルダはそれまで以上に横柄に振舞うようになりました。しかし、気まぐれな夫は妊娠した彼女への興味を失い、代わりに、ロロがほぼ毎晩夫の相手をしています。ヒルダの表情からは勝者の余裕が消え去り、焦りが生まれていました。
 わたしたちにあたり散らすのは、不安だからです。それを思えば、多少の無礼など、かえって気持ちがよいというものでした。
「お菓子が足りないわね」
 わたしの言葉に、クリスティーンがほっとしたように振り向きました。
「わたくしが……」
「あなたが行くことはないわ。メイドを呼びましょう」
 立ち上がりかけるクリスティーンを制して、ヒルダがベルを鳴らします。しかし、メイドはなかなかきません。ヒルダは苛立ち、乱暴な手つきで何度もベルを鳴らしました。
「なにをやっているのかしら」
 ヒルダが神経質に指先でテーブルを叩きはじめたところで、ようやくドアが開きました。
「あら……」
 立っていたのはロロでした。ぼろぼろの服を着て、傷だらけの顔を正面に向けています。
「メイドはどうしたの?」
「ナイフで指を切ってしまって……今、女中の方が、医者に」
「そう」
 わたしは無表情にいって、クッキーの入った籠を指さしました。
「お菓子をお願い」
「かしこまりました」
「お待ちくださいな」
 テーブルに近づこうとしたロロを、ヒルダの厳しい声が止めました。
「そんな汚い手で持ってきたお菓子なんて、とても食べられるものではありませんわ」
「大袈裟だわ。素手で触れるわけでもなし」
「大袈裟などではありません」
 ヒルダは甲高い声でいって、わたしをにらみつけました。
「随分とこの子の肩をお持ちになるけれど、ヴェラ様にはプライドというものがありませんの?」
 わたしは黙ってティーカップを持ち上げました。手は震えもしません。このような厭味をいわれるのにもすでに慣れ、衆人環視のなかで理性を保つことに苦労など必要としませんでした。
「それとも、同郷のよしみですかしら。神経が太いのはお国柄ですわね。羨ましいですわ」
 わたしはティーカップのなかにそっと息を吐き出して、顔を上げました。口を開くよりも先に、思いがけない場面が目に飛び込んできました。
 突然、ロロが身を翻し、テーブルの上のバターナイフを取って、ヒルダの喉元に突きつけたのです。ヒルダはナプキンを持ったまま、石のように硬直しています。ほかの妻たちも、叫び声すら出すことができませんでした。だれもが息を呑んでいるなかで、ロロがいいました。
「発言を取り消してください」
 地中から響いてくるような声でした。わたしはようやく我に返って、立ち上がりました。
「やめなさい、ロロ」
「止めないでください、ヴェラ様」
 ロロはヒルダから視線をはずそうとはせず、ナイフもまったく動かさずに、いいました。
「このひとは、わたしたちの国を侮辱しました」
「やめて……」
 バターナイフの刃先が肌に触れ、ヒルダが泣き声を上げました。目尻に涙を浮かべ、小刻みに震えながら、わたしに助けを求めています。
「お願いです、ヴェラ様。彼を止めて!」
「謝罪を」
 抑揚を欠いたロロの声が、ヒルダの弱々しい声に重なります。ロロが本気であることは、じゅうぶんすぎるほどわかっていました。わたしは注意深く身を乗り出し、必死で彼に話しかけました。
「ナイフを渡して、ロロ、さあ」
「なにごとです!」
 ドアが開いて、騒ぎに気づいた男たちが押しかけてきました。
「ヒルダ様!」
「きてはだめ!」
 わたしはロロを見つめたまま、背後の男たちにいいつけました。だれもが呼吸をやめて、わたしたちを見つめています。
「ロロ。彼女のお腹には子どもがいるのよ。傷つけてはいけないわ」
 一言一言噛みしめるようにいうと、ロロの眼球がわずかに動きました。
「さあ、ナイフをこっちへ」
 そっと手を差し出しました。ロロはすこしの間じっと黙っていましたが、やがて体を起こし、手にしていたナイフの柄をわたしの掌に載せました。
「この野郎!」
 たちまち屈強な男たちがロロを取り囲み、彼を殴りつけました。
「やめなさい!」
 わたしの声に、鎧を纏った男が振り向きました。夫の右腕として戦争で力を揮う隊長のグレアムです。居丈高で、獣じみた毛深いこの男を、わたしはどうしても好きになれませんでした。下卑た視線で見つめられ、思わず後ずさりました。
「ヴェラ様。こいつはあろうことかヒルダ様に刃を向けたのですぞ」
「彼はなにもしていないわ」
「なにもしていないですって?」
作品名:ロロと12人の妻 作家名:新尾林月