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海の向こうから

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十 海の向こうから



 週末、部活から帰ると私のケータイに先生からメールが入ってきた。内容を確認すると、どうやらサハロフ・ミシューチンという人物について調べてくれたようで、何か進展があったみたいだ。私はジャージのままで自転車に乗って先生のいる大学に行くことにした。

   * * *

 正門前で自転車を止めて図書館前で待ってくれていた先生に会うと、先生はちょっと嬉しそうな顔をしている。本人に言うと意識するので先生には言ってないけど、何か発見があった時の仕草だ。
「何か分かったんですか?」
わざとらしく聞くと
「まあ、中に入ってよ。資料見つけたんだ」
と先生から元気な返事が返って来たかと思うと私を図書館の中に案内したので後を付いていくことにした。

 図書館の中央にある閲覧用の机の上に先生のあらかじめ資料を何冊か積んでいた。私の、他愛のない調べものここまで協力してくれることが嬉しい。
「こうやって自分で調べるのも勉強なんだよ。興味をもって調べたものは忘れないからね」
 先生は家に来たときもよく言う。勉強だってすきになれば自分から色々調べるようになる先生の言葉は、学校の先生を目指して大学で勉強しているだけに説得力がある。

 先生はその何冊か重ねた本の、一番上の本を取って、付箋のところを広げた。
「『おお、国家よ』という当時のソ連の歌を調べてみると、ちゃんと訳詞があるんだ」
 先生はそう言って開いたページと手控えのメモをみせてくれた。キリル文字で書かれた歌詞の右に日本語の訳詞が付いている。

     立ち上がれ労働大衆よ
     今こそ国威を示す時だ

     全ての力を一つに集め
     国家のために戦おう

     一人の力は小さいけれど
     全てが動けば世界は変わる

     おお、国家よ!
     何物にも変えられぬ力

「という内容の歌だそうだ」
「何か軍歌みたいだね」
「当時は社会主義だったから、国威発揚を歌うものが多かったんだ」
 先生の話では当時のソビエトでは、歌まで規制されていた。国をひとつに束ねるのに思想や教育は厳しく統制されていることの延長だと説明してくれた。

「それと、当時の新聞記事が見つかったんだ」
 続いて先生は分厚い事典のような新聞の過去録を広げた。昭和55年の私は新聞記事に目を通した。昭和55(1980)年の冬の記事だ。一面には色々書かれているけど、一番目につく見出しはこれ以外にない。というより、自分の持っている記憶と見出しが磁石のように引っ付いたように目に止まった。

   ナジエージタ号、貝浜沖で沈没

「当時は新聞に載ってたんだ」
「そう。といっても地方紙なんだけどね」
 それでも人が亡くなっているんだからこれは大きな事件だ。昭和55年にソ連の船は貝浜で沈み、30人もの尊い命が海に沈んだ。
「次のページに、大きなヒントがあると思うんだ」
 そう言って先生はページを1枚捲った。そこにも沈没事故の写真と記事が書かれている。私は、生存者の名前を見て時間とすべての動きが止まった。
「先生、これ……」
「そうなんだ。僕もビックリした」
 この名前、顔も名前も知らないけれど、私が今探している人だ。

   サハロフ・ミシューチン

何かが繋がった気がした。

作品名:海の向こうから 作家名:八馬八朔