からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話
北側に『しなの鉄道』があり、南側にJR長野新幹線の改札がある。
駅の標高は940 m。新幹線が走る駅の中で、最も高い。
午前8時。予定取り駅前へ、貞園の紅いBMWが滑り込む。
広場で懐かしい2人が、貞園を出迎えてくれる。
2人はともに台湾の出身だ。
一人は美大時代の同級生であり、もうひとりは古くからの顔なじみだ。
数年ぶりの再会に、3人は顔を合わせた瞬間から、台湾の現地語での
猛烈な会話が始まってしまう。
台湾で使われている公用語は、『國語(グォユィ)』と呼ばれている。
『國語(グォユィ)』は中国大陸で使われている中国語
『普通話(プートンホァ)』と文法や発音は、ほとんで同じ。
1945年までの50年間にわたり台湾は、日本の統治下にあった。
高齢者を中心に、流暢な日本語を話す人たちがたくさんいる。
普段からこうした環境にいることから、台湾出身者は、比較的早めに
日本語を習得すると言われている。
3人の会話には、現地語の『國語(グォユィ)』を中心に
日本語はもちろん、話のところどころに英語が飛び出してくる。
早口で展開していく3ヶ国語の会話に、周囲の人たちが唖然とした表情を見せる。
それでも彼女たちは気にしない。会話はとめどもなく続く。
ちょうどこの頃。千尋を乗せた康平のスクーターが、駅前広場を横切っていく。
会話の夢中になっている貞園は、そのことに気が付かない。
康平のスクーターが北軽銀座をめざして、北上していく。
2人の友人を乗せた貞園の真っ赤なBMWが、ようやくのことで
軽井沢駅の広場から出発する。
結婚式の会場、軽井沢聖パウロカトリック教会をめざして、
康平から遅れること、10分あまりのスタートだ。
駅前から聖パウロカトリック教会まで、1キロ足らず。
車は苦もなく、教会の裏手にある駐車場へ滑り込む。
「あら。早く着きすぎちゃったわ。式まで1時間以上もあるじゃないの。
花嫁さんだって今頃は、ホテルで、新郎の腕の中で疲れ果てたまま、
たぶん、寝ている時間です」
「はしたないわよ、あんたたち。
同級生の晴れの日だというのに、つまらない事ばかりを言わないの。
でも、あの娘のことだ。
たしかに、それは充分に有りうる話です。うふっ。
さて、どうしましょう。
ここでぼんやり待っていても仕方ありません。
そのあたりのカフェで、お茶でもしましょうか。
日曜日だもの。気の早いお店が開いているかもしれません」
談笑しながら3人が、駐車場から出ていく。
別荘族や、観光客たちに混じってカラマツの林の中を歩いて行く。
100mほどあるくと北軽井沢のメインストリート、『北軽銀座』に出る。
朝の8時半を過ぎたばかりなのに、多くの観光客たちが歩道にあふれている。
6月の軽井沢は、ことのほか爽やかな空気があふれている。
真夏以上に、湿度が少ない。
雨の降らない日の高原は、朝から爽快になる。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話 作家名:落合順平