からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話
なぜ赤城山に、河川ができないのか?。
沢と呼ばれる小さな水の流れはたくさん有る。
しかし、河川と呼ばれるほどの流れはない。
山頂には、広大な面積を誇る火口湖の大沼と小沼が有る。
さらには覚満淵(かくまんぶち)と呼ばれる湿地帯まで存在している。
しかし。火口湖と湿地帯から流れ出す河川は、ひとつもない。
湖を満たした水はあふれることなく、自然のまま湖底へ染み込んでいく。
山麓に降った雨も、河川を作らない。
山麓の広大な傾斜が、ほとんどの雨を地中へ吸い込んでしまうからだ。
赤城山に降ったおおくの雨は、山肌に染み込んで伏流水になる。
地中に沁み込んだ大量の伏流水が、標高が50~60m近辺で湧出する。
麓の伊勢崎市から太田市にかけて、数多くの地下水が湧出する。
太平記の時代に巨大な荘園を形成し、鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞を
輩出したことで知られる『新田荘(にったのしょう)』も、
赤城山の湧水に水源を得た、大規模な水田地帯だ。
いつの間にか8月が終ろうとしている。
康平と千尋の交際は、誰にも邪魔されず順調につづいていく。
夏の火照りがようやく終わる。
朝夕は、秋の気配が垣間見えるようにもなってくる。
ひとつ気がかりな事といえば、身重になった美和子が呑竜マーケットの
康平の店に顔を出す機会が、めっきりと減ってきたことだ。
それとは別に、貞園と千尋の急接近が目立ってきた。
このふたりは事あるごとに、外で会い、お茶などをするようになってきた。
カイコの飼育は、春蚕(約30日間)、夏蚕(約22日間)と続く。
さらに8月の初めにかけて掃き下ろされた(桑を食べ始めた)
初秋蚕(しょしゅうさん)が、繭を作る時期にはいる。
千尋に頼まれ飼育がはじまった徳次郎の『群馬黄金』も、母屋の2階で
回転まぶし(蚕に個別に繭を作るための道具)に移される。
よやく繭をつくる段階にさしかかる。
繭の完成を待ちかねている千尋が、徳次郎宅へ足を運ぶ回数も増えてくる。
千尋が帰る時間になると、貞園の真っ赤なBMWが現れる。
千尋を乗せ、真っ赤なBMWが風のようにどこかへ消えていく・・・・
ともあれ季節は、初秋の幕を開けはじめた。
9月の新メニューのために、秋茄子を使った料理を試している康平のもとへ
同級生の五六が、ひょいと現れた。
「頑張っているな。康平。
客人を連れてきたぞ。お前さんに、是非ともの相談があるそうだ。
徳次郎じいさんから、全面的に協力するというお墨付きはもらっている。
あとはお前しだいだ。
詳しい話は、こちらの客人から聞いてくれ。
じゃあな。あとのことは頼んだぜ。俺は仕事中だから、これで帰る」
「おい。待てよ、五六。
突然に来て、いったい何の話だ。俺には意味がわからねぇ・・・・」
「要件は、客人のこいつから聞け。
おっ、そうだ。忘れるところだった。電話で頼まれていた採りたての秋茄子だ。
ぜんぶ置いていくから、頑張れよ。じゃあな!」
カウンターの上へ、五六がドンと秋茄子の袋を置く。
「あばよ」と手を振って、五六がそのまま立ち去っていく。
(なんだ、あの野郎。、来たと思ったら、疾風のように消えやがって・・・)
憮然と仁王立ちする康平の前に、気の弱そうな一人の青年が立つ。
180cmをこえる長身だが、キュウリのような細い。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話 作家名:落合順平