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からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話

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 「お初にお目にかかります。
 ウェブデザイナーをしている小杉英太郎と申します。
 京都からやってきました。」


 「康平です。
 わざわざ京都から、こんな田舎の街まで、はるばるご苦労様です。
 ウェブデザイナーとはずいぶんとまた、先進的な職業ですね。
 で早速ですが、俺にどんな用件ですか」

 「クワを育てようと思い、はるばるやって来ました」

 「くわ?。くわと言うのは、蚕が食べる、あの桑の葉のことですか」

 「そうです。そのクワです。
 桑の木を育てたくて、養蚕で知られるここまでやってきました」

 「話がよく見えませんねぇ。
 農業を始めたいというならわかりますが、何故、クワを育てたいのですか?
 いまの時代に手間暇かけてクワなんか育てても、使い道がありません。
 ドドメ(桑の実)が、美味しい果実として見直されていますが、
 何かそれと、関連でもあるのですか?」

 「クワは蚕が食べるだけではなく、美味しい果実まで実るのですか?」

 「まるでど素人レベルですね。あなたの知識は。
 そんなあなたがクワを育てたいと考えるのには、特別の理由がありそうです。
 思いつきだけで出来るほど農業は、甘くありません。
 そういえばあなたは、その手で、土をいじったことがありますか?」

 「保育園と幼稚園での砂遊びなら、したことがあります。
 小学校と中学、高校の校庭はコンクリートでした。街中もすべて舗装です。
 そういえば最近、土に触った記憶は、まったくもってありません」

 「お先真っ暗です・・・・
 わかりました。それでもやるとあなたが考えているのには、
 よほどの理由があるということで理解しました。
 徳次郎老人にも会ってきたそうですね。
 なにをどのようにしたいのか、詳しく説明してください。
 話の内容によっては、俺も協力しましょう」

 「流石です。
 康平なら必ずそう答えるだろうと、五六さんが太鼓判を押していました。
 詳しい説明をしますが、その前に椅子に座ってもいいですか。
 少々、足が疲れてきましたので」

 「どうぞ、ご遠慮なく。面白い人ですね。あなたは。
 これから農業を始める人には見えませんが、
 なにやら、やってやるぞという決意だけは、伝わってきました」

 お茶でも入れます、と康平が背中を向ける。
話はその後からでもいいでしょうと、康平がお茶の支度をはじめる。
ようやく落ち着いたのか、長身の青年が額の汗をハンカチで押さえている。

 「五六は俺の同級生です。
 徳次郎老人は、遠い血縁筋にあたります。
 田舎ですから血縁関係をたどっていくと、どこかで同族にたどり着きます。
 本家があり、新宅や分家が作られて、隠居なんて言葉が生き残っています。
 そんなことは、この辺りの山あいの寒村だけです。
 観光で日本の原風景を見に来るのなら、うってつけの場所です。
 でも赤城の山麓は、都会の人が住む場所ではありません」

 どうぞ、と茶碗をさしだす康平の目を、長身の青年が正面から見つ目め返す。
眼鏡越しのその目に、真剣な光が宿っている。

 「ダメと言われても、帰れません。
 すでに前橋に、ワンルームマンションを借りてきました。
 母親には帰らないつもりでいるから、親不孝を許してくれと詫びてきました。
 とりあえずネットさえ繋がっていれば、仕事のやりくりはできます。
 でも、ゆくゆくは、クワを育てて暮らしたいと考えています。
 私は人生そのものを、『出直し』たいと考えているのです」

(86)へつづく