からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話
「あのう・・・・康平さんは、
ゴルフショップを見学したいと言うので、さきほど別れました。
1時間後にコーヒーショップで会おうということで、
今はお互いに、自由に行動中です」
「何考えているんだろ。あのバカは。
デートの真っ最中に、自由行動するなんて聞いたことがないわ。
トンチンカンにも程がある」
「あのう・・・お言葉ですが、わたしたちはまだ、正式に
お付き合いをしているわけでは・・・・」
「その件はいいとして、話を元へ戻しましょう。
先日。つばの広い麦わら帽子をかぶり、手に布製の巾着をもって、
薄いブルーのワンピースで、前橋市の天神町通りのアーケードを
歩いていたでしょう、あなたは」
「はい。たしかにその格好で、康平さんのお店を訪ねたことがあります。
でも随分くわしいですねぇ、あの日のわたしの格好を」
「やっぱり。あのとき見失ったのは、康平の店に消えたからなのね。
あの日の格好のことなんか、どうでもいい。
あの時あなたが手にしていた手触りの良さそうな、巾着袋が気になったの。
あれはなんなの? 素敵に見えました。ひと目で気に入ったわ」
「私が自分で紡いだ糸で、織っていただいた絹地です。
ただの手製の巾着袋です。
それが気に入ったということでしょうか?」
「気にいったからこそ、しつこく尋ねているんじゃないの。
え?。紡いだ糸って、もしかしたらあなたも、美和子と同じ座ぐり糸の
仕事をしているのかしら
道理で似た雰囲気があると思った。
なるほど、それでなんとなくあなたが気になっていたのか・・・・
判明してみれば、簡単な種明かしですね」
「あなたこそ、わたしの同輩の美和子をご存知なのですか。
美和ちゃんとは碓氷製糸場で2年間、一緒に仕事をしました。
座ぐり糸仕事の盟友です。
元気にしているでしょうか、美和ちゃんは」
「美和ちゃんにもいろいろとある。
とりあえず元気で、美和子もそれなりに、頑張っています。
私たち、いいお付き合いができそうな気がするわ。
どう、あなたさえよければその辺で、お茶でもしましょうか」
「はい。よろこんで。
でも巾着袋が欲しいのなら、もう少し待っていただけますか。
黄金の糸を吐く蚕が、まもなく繭をつくりはじめます。
その糸を使い、黄金の生糸を仕上げるのが、今の私の大きな夢です。
それを使った巾着でよければ、お近づきの印にさしあげたいと思います。
気に入ってもらえれば、というお話ですけど」
「気に入るもなにも、最高だわ、あなたって。
楽しみに、首を長くして待つわ。
では、こうしましょう。
そのクラッチバッグは私が買って、あなたへプレゼントします。
通常は税込で12600円だけど、ここでは特別価格の6300円。
買わなきゃ損です。あ、でも、あなたはなにも心配しないで。
康平にデート中に美人をほったらかしたバツとして、12600円を請求します。
残ったお金で、二人でなにか美味しいものを食べましょう。
どう、ナイスな提案だとおもうけど」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第81話~85話 作家名:落合順平