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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 一、太陽の章

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 カナスがたじろぐ。もちろんラアのかけた術だろう、そこに、強い拒絶の意志を感じる。このように人を拒むことなど、今まで一度もなかったのだ。
 しかしカムアは違った。もう一度扉に手をかざし、自身の力を示す。カムアの力は、ラアの術の形を浮かび上がらせ、扉の向こうに作り出された見えない壁を、淡い光で溶かすようにしてかき消した。
 扉を押し開き、カムアは無言で奥へと進む。広い客間を過ぎ、二つ目の扉の向こうにあった寝室へ回ると、そこには、寝台の上にうずくまるラアの姿があった。
 身体を小さく曲げ、頭までシーツをかぶっていたラアは、許可なく無遠慮に立ち入る人物を確かめようともせず、ただじっとしていた。
「ラア。僕の声、聞こえてますか」
 カムアの声にも、やはり返事はなかった。
「顔を上げて、前を見てください。王となるものがこんな様子じゃ、みんなが不安になります。北との関係が不安定なこのときに、ひとりで塞ぎ込んでいるなんて、駄目です!」
 厳しい口調で叱咤を浴びせ、一呼吸おくと、カムアは膝を折って、ささやくように加えた。
「何があったのか、話してくれないんですか。隠すことなんてないって、言ってくれたばかりじゃないですか。こんなの、ラアらしくない」
 言葉を受けて、静かに、シーツの影から覗く瞳。それは、いつものような輝きを失って、錆色に沈んでいる。カムアの胸がきりきりと痛んだ。
「ヒキイさんのことを考えているんですか? ……ラア、今のあなたを見るほうが、きっとヒキイさんは辛いはずです。それに彼のことは、あなたのせいじゃ……」
「ちがう!!」
 ラアが突如、声を上げた。慰めを払い除けるように鋭く、けれどその目はまだ、カムアを映してはいない。
「おれが殺したんだ。おれが……」
 唇をわななかせ、言葉をこぼす。顔はすっかり青ざめていた。
「忘れてたんだ……ずっと、忘れてた……。これが、おれの力なんだって……。そんなこと、分かってたはずなのに……そうじゃないって、勝手に思い込んでた……。
 この力、おれの力は、父さんが求めたような、守りの力なんかじゃない。こんな、こんな力なんか、誰が求めるもんかっ……。……母さんだって――」
 次々とこぼれる言葉が、涙で遮られる。落ち着くのを待つように間をおいてから、カムアがたずねた。
「どういう、ことですか?」
「おれ、わかってたんだ。母さんが死んだの、おれのせいだったって。おれがお腹にいたせいで、産んだ後、もたなかったんだ。乳母だって、身体が弱かったんじゃない。おれのせいで、弱っていったんだ。
 皆、みんな知ってた。だから父さん、そういう噂を聞かさないように、おれだけ離したんだ。でも、分かるよ……。ちっちゃくたって、あんなの、分かっちゃうよ……。
 でも、それは違うんだって――おれの力は、必要だからって、父さんそう言ったから……。ずっと、信じてたのに……。関係ないって、信じてたのに。
 あれは――嘘だったんだ……!」
 北で花の精霊が、移送の力を用いた直後。暗転した視界の奥に、ただ一つ映っていた紺青の光、それを目にした瞬間。
 身体のずっと深いところから、煮えたぎるように湧きあふれる自身の力を感じた。
 次々と、あっという間に、身体を超えて拡散するそれを、止めようという意識さえ働かなかった。別の何かに支配されているようかのように、自我は傍観者となってその様子をただ眺めるばかりだった。
 確かに自身から生み出された“力”。けれどその禍々しさ。自身のものと認めることができず、ただ恐れた。けれどすぐに、それは否定し得ないものであると知った。……過去の思いを引き出すと共に。
「戦うために、勝つために必要だなんて、そんなの嘘だ……! 強くなればいいって、力を得ればいいって……父さんが、ヒキイが求めてきた力――それが、これだ!!
 母さんだってきっと分かってたんだ……。産まれてなければって思ってる。そうしたら、死なずに済んだんだ……!」
「そんな……そんなこと、ありません!」
「どうしてそんなこと分かるんだよ!? おれの母さんのことなんて、知らないくせに!!」
 怒りの感情のままに放った言葉だった。カムアにあたっているだけだと分かっても……それでも、止まらなかった。優しい言葉なんて要らない。もう、嘘はいらない。そう思った。
 けれど、怒りのたぎる目で初めて映した友人のその表情は、憐れみとか慰めとか、そういったものとは、違っていた。じっとこちらを見つめてくる、深い青みがかったグレーの瞳は、大きく開かれたまま、少し困惑の色をさしている。
「知らないけど……分かります。そんなこと、思ってない」
 カムアはゆっくりと、言葉を形作る。なぜ分かるのか、分からない。けれど、なぜだか分かる。――母親はそういうものだからとか、そんな理由ではなかった。ほんとうに、彼女が、そんなことを思っていないと“分かる”――少なくとも、彼はそう感じた。この、理屈で説明のつかない確信に、カムア自身、戸惑っていた。
「ラアの力のことは分かっていたけど……お父さんも、お母さんも、要らないなんて思ってない。あなたのことも、その力のことも――」
 戸惑いながら、受け止めた思いを言葉にしていく。……不思議な感覚だった。言葉にして出せば出すほど、次々と入り込むもの。自分のものでない強い思いが、胸を満たして揺さぶった。
 体中の力が抜けていって、代わりに占めたものは、温かく包み込み、強く励まそうとする思い。深い愛情。それは、カムアがラアと出会い、彼に接することで感じてきたものとよく似ていた。疑うことを必要としない純真さ、眩しいほどの輝き――それらを育んできたもの。きっと、目に見えないところから。
 言葉が詰まる。涙があふれそうになった。泣かなくてもいいのに、入り込む思いが胸をぐっと突き上げてくる。
「信じてるんです、ラアのこと……ラアの力のこと、今でも。それはラアだけのものだから、他の誰にも持ち得ないものだからって――」
 ラアははっとした。その言葉は、父が生前、自分に繰り返し伝えていたこと。
 理不尽な怒りの火が、ゆっくりと、鎮まってゆく。――けれどそれは、過去の自分をどうにか保とうとした最後の支えだったから……、ラアは今までになく弱々しい、震える声を漏らした。
「でも、……もう、どうしていいのか分かんないよ……。こんな力……」
 信じている、その言葉が本当でも、それでも、この力に自分自身で触れた今、胸の奥深くに巣食う恐怖が、くすぶったまま消せないでいる。自分自身が、この力を信じられる気がしない。再び触れるのが、怖くてたまらない。
 カムアの目の前にうずくまるのは、以前のラアではなかった。あの、自信に満ちた輝きが、微かにも見えてこない。その瞳が、前を向こうとしない。それどころか今、立ち上がることすらできそうにない。
「ラア」
 カムアは呼びかけた。
「その力が、間違いなくあなた自身のものなら、否定してしまうのは、苦しいんじゃないですか……? だって、否定しては、嘘になってしまうから」
 小さく震える大切な友人が、これ以上傷つくことのないように。嘘や上辺を退けて、心からの言葉を、一つ一つ確認しながら、伝える。