睡蓮の書 一、太陽の章
「その力が、あなた自身なら、きっと受け入れる方法があるはずです。まず、向き合って、知らなくては」
確りとした口調で説くのは、彼自身、それを経験したからだった。月属という未知の力の存在を、自身の内にあると告げられ、それを認識することは、彼にとって簡単ではなかった。未知のものは、聞くだけならば好奇心でごまかされても、触れた瞬間、それが定義できないがゆえに、恐れを覚える。けれど恐れを克服せず放っておけば、不安だけが残るばかりで何も変わらない。ときにはそのせいで、意図せず誰かを傷つけてしまうことさえある――ラアの力が、ヒキイに向けられたように。それが自分自身のこととなれば、なおさらだ。
「これは、関係ないことかもしれないけれど……、僕が自分の力を、『月属』の力を知らされたとき、ジョセフィールさんはこう言ったんです。
世界には、多くの力が目に見えるか、触れられる形で存在していて、それを僕たちは四つの属性に分けて認識しているんだって。でも、それらの存在の裏側に、目に見えないもの、存在を支える別の力がある、それが『月属』の力なんだ、って。
僕は、ラアの言う“力”がどういうものなのか――まだよく分からないけれど、でも、今見ている方向からは見えないものなら、僕は、少し、力になれると思うんです。
だから一緒に。まず、知りましょう。それがどんなものなのかを」
語りかける言葉に、ゆっくりと、ラアは瞳を上げて、そうして、表情を変えることもできないまま、カムアを映す。
カムアは、励ますように彼に微笑むと、そのまましばらく、じっとそこにとどまっていた。そうすることで少しでも、ラアの心がずっと深く沈んでしまうのを、引き止めることができると、……そして少しでも、浮かぶ言葉があれば拾い上げ、次の一歩に繋げることができると、そう考えていた。
ラアが“力”を知ることで、どうなるかは分からない。
その力を、彼自身のものへと変えることができるかもしれない。……もしかしたら、ラア自身が今までの彼でなくなるかもしれない。
けれどどちらでもいい。――もう一度、輝きを取り戻せるのなら。
ラアのもつ輝き。カムアが焦がれて止まないもの。
意識のずっと深いところから、その輝きを求めている。おそらく、ラアに触れた多くのものが、無意識にもその光の渦に取り込まれていくだろう。――それを知るからこそ、
この最上の光を、このまま失わせはしない。
必要であれば自身のすべてを捧げ、取り戻してみせる。その価値があるのだと。
なぜなら、自身の立つこの場を確かに思わせるもの、それこそが、その輝きであるのだから。
*
「太陽神が、目覚めたな……」
闇のざわめきの中に、男の声は大きくなくともはっきりと届く。
「こちらが求めるまでもなく、自ら呼び寄せる。面白いものだ」
その口元に笑みが浮かぶ。ざわめきはいっそう深く、巨木の枝擦れか巨鳥の羽音を思わせた。
「そろそろ次の駒を用意せねばなるまい。……どうだ」
言葉を向けられると、傍に立つ二人のうち片方が、ゆっくりとその瞳を上げる。だが、応える声もなく、またそれを伏せるだけだった。
口元の笑みを消して、男は天を仰ぐ。深く覆う闇の中を、影が横切る。
北の天を見ていた。そこには、決して地平線に沈むことのない星々――時がめぐり、季節がめぐろうと、変わらずあり続けるものたちの姿があった。
静かに、視線をめぐらせ戻ると、男は厳然とした口調で告げた。
「あと一年のうちに終えられよう」
二人はうなずき応える。
僅かにそれらの輪郭を伝えていた細い月も、雲の間にその姿を消し去った。
一、太陽の章・おわり
作品名:睡蓮の書 一、太陽の章 作家名:文目ゆうき