睡蓮の書 一、太陽の章
その一瞬。北の地にあった存在――その土を踏むもの、上空にあるものすべてが、地の底から湧き上がる正体不明の意思に、その全身が呑まれるような感覚に晒された。それは、押さえ付け踏み従えるような、あるいは畏怖を抱かせひれ伏せるような、抗いがたく、圧倒的なもの。
そして直後、地下部から突然放たれる、強大な「力」。
それはまるで巨大なこぶしで突き上げるように、地下の中心部から瞬時にその衝撃を波紋状に広げる。
神殿を覆う結界は、一瞬で破裂するように消し飛んだ。河の水が激しく波立たち、そびえる周壁に亀裂が走る。門前に連なる柱が砕かれ、神殿上部、水上の渡し橋はまるで小枝のように折れては次々と水に沈んでゆく。
そして神々の身は、その場から無理やり引き剥がされるように宙へと投げ出される――。
北の神々の混乱は相当なものだった。地下からの力――そこに存在するのは彼らの主神、生命神ハピであるはずだ。しかしその力は敵味方の区別なく放たれ、さらに神殿を守るはずの結界も、神殿そのものさえも破壊してしまった。
一体、何が起こったというのか――?
シエンは傍で気を失っていたキレスを揺り起こした。彼がカナスの無事を確認する間、キレスはラアとヒキイを最後に目撃した、あの池のある部屋へ向かい空を駆ける。瓦礫の積もる池の脇に横たわる人物――それはキレスが先ほど見たものと同じ、連れさらわれたラアの姉である。彼女は数刻前と変わらず、眠るようにそこにあった。
そして、その傍らには、消えたはずのラアの姿。
不思議なことに、姉がかすり傷などを見せる一方、ラアは、あれほどの衝撃にもかかわらず、まったく無傷の状態で眠っていた。
眠る姉弟を抱え、キレスはシエンに撤収を告げる。
「太陽神補佐は――」
シエンが尋ねるが、キレスは軽く首を横に振ったきり、何も言わず姿を消してしまった。
僅かな間、シエンは彼の力でできる限り、ヒキイの行方を探った。しかし、それらしい気配をつかむことはなく、そのまま北の神殿を後にしたのだった。
作品名:睡蓮の書 一、太陽の章 作家名:文目ゆうき