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LOVE FOOL・中編

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40ノットに速度を上げ陸の80キロと同等の速さを持つ反面、直線以外の操縦が難しく、障害物に接触し易い為他国からの需要は極めて低い。けれどその弱点を逆手に取った「グングニル」は名の通り、混沌の「闇」をも貫通し目的地に到着させる。
人を運ぶだけに特化された、世界に一隻しか存在しない甲殻仕様の船だ。
肩に荷物を担ぎ軽々とした姿は逞しく、自慢気にそう語るゲーデは主が海上で過ごす数日分の食糧と着替えを積み込み流曲線状の黄色い船体を撫でる。
白い砂浜から差し出された鞄を甲板側から受け取り、アストは露骨に表情を曇らせた。
「この船が大量生産されれば難攻不落の城が次々と制圧されるな」
「ええ。人を乗せたグングニルですもの、トロイの木馬より遥かに効率的に。
突き立てるだけで易々と城内に進撃できますわ」

それはこの国をも落とせると云っていると公言している様なものだ。大体ラ―ムジェルグの商売そのものをシェステール国王はどこまで認知しているだろう?
他国事ながらもふとそんな心配が頭を過る。
いつの時代でも領土を巡る争いは絶えないが、それを支援している一族に借りを作るのも気が進まない。
複雑な心境で口を閉ざす暗い顔をメイドが不思議そうに覗き込む、と二人の脇をすり抜けラームジェルグが言葉を挟む。
「これは自家用に設計した物だ。二隻目は無い」
余計な詮索はするなと素っ気ない仕草で客人を端に追いやり、幅のある階段を越え甲板へ飛び乗った。
「なんて難しい話はどうでも良いな。さ、中へどうぞヴィヴィアンヴァルツ。
―お前は勝手に隅にでも座っていろ、落ちても構わないがな!」
エスコートしていたヴィヴィアンの手を引き、漆黒と深紅の衣がよろけて重なり合う光景は蒼穹に良く映える。知り合いの船という事もあって幾分緊張の解けた様子で甲板に足を踏み入れる魔法使いの横顔を盗み見、アストライアは反対側に荷物と腰を下ろした。額に組んだ手の甲を当て、深い息を吐く。
「…。」
あまり自分の身なりには頓着しないアストだったが、改めると確かに彼等とは釣り合わない。緑薔薇との戦闘で受けたダメージが刻まれた衣装、呪いを覆い隠す腕のグローブも剥がれ巻きなおされた包帯だけが真新しく、白い。
一時掠めたと思えた敵との距離は予想より根が深く、組織立った物だった。
国王であったテセウスとアステリオスの二人なら命を狙われる事もあるだろう。けれどクロエは魔法使いでも城仕えでも無い、ごく普通の一般国民。
何故殺されなくてはならなかったのだろうか?
手掛かりの緑薔薇も一夜明けて姿を消した。ますます彼等の目的が判らない。
―加えて、あの魔法使い。
雷鳴と同等それ以上の破壊力を詠唱も魔方陣も一切手順を省き、空間に描く図形。
自在に操る見た事も無い攻撃手段。
暗闇で顔は見えなかったけれど、その理由にも心当たりがあるけれど。
(はっきりそうと決まった訳じゃない。本人には伝えない方が良いか…)
大体彼は今「魔法」が使えない身ではないか。
考え始めれば判らない事ばかりが増えて行く。
(火傷の痕、治るどころかますます濃くなった様な気さえするな)
アストは船首に背を預け右腕をひらひらと翳す。
大陸に着いたら着替えと、腕の封具も新調しないとー。
行く末を見透かす様なゲーデの視線を受けながら、蒼緑の水面にゆっくりと浮かぶ聖槍の上、そんな事ばかりを考えていた。

浮遊する片雲と輝く太陽。鳥の声。
潮の含んだ風と爽快に広がる蒼い空は地平線の果てで海原と溶け、白く立ち上がる飛沫を船体に浴びながら水面を走り出す。
黄色い物体の姿に好奇心旺盛な背ビレ達が横に連なって泳ぐ。
誰もが一瞬、アストライアですら己の境遇を忘れ、見慣れたラームジェルグでさえも無邪気に魅入ってしまう自然と生態系の壮大な光景を。当然ながら全く関心の舞いヴィヴィアンヴァルツ=ラヴィニ=ヴィルベルガは動き出すなり船室に閉じ籠っていた。
「いつ向こうに着くんだ?」
「何事もなければ36時間…弱、くらいか」
「一日半も?」
薄く開けたドアの隙間から明らかに不満気な表情で訊ねたヴィヴィアンに、黒く日焼けた笑顔を向ける。
ジャーロは元々潜水艦の艦長でもあった程の男だが仕事の気楽さと金の為、今は「グングニル」専用の操縦士となっていた。舵の手元に貼られた幼い二人娘の写真を一瞥する限り、彼がルージュ達姉妹の親戚である事には間違い無い様だ。
「空の方が速かった!」
「それは無理。向こうには飛行機の類が無い。鳥類以外の有翼生物が存在している世界だからね
鉢合わせになって混乱を招くと禁止されているのさ」
呑気に舵を取り、跳ねる海豚に手を上げる男から船の所有者に矛先を変えるもあっさりと否定され色白の肌を一層蒼く落とす。
「まあ、そんな暗い顔をしないで。せっかくの船旅を楽しもうじゃないか」
ラームジェルグがグラスを手に機嫌を窺いワインを差し出すがヴィヴィアンは扉にしがみ付きそのままずるずると床に腰を着けた。けれど座り込んだ事で甲板を叩く波が直に躰を揺らし、両手で口を覆う。
「…なんか、気持ち悪。う、ぷ。…ぷぇ…っ!」

「船酔い早いな!?」
シェステールに来る時は大型客船であった為、ここまで揺れを感じる事は無かったのだ。最も海と潮風が嫌いなヴィヴィアンはその時も部屋でやり過ごしていたし、酔って気分が悪いとも自分から言う様な人間でも無い。
「大丈夫か?」
蹲るヴィヴィアンを心配そうに覗き込むラームジエルグの背中越しにアストも身を乗り出す。身を案じて背中をさすり言葉を掛ける事しか出来ない二人を潤んだ紫瞳が睨みつけた。
「判りきった事を聞くな!大丈夫そうに見えるのか、これが!? 
大体ラームジェルグ、お前俺を守るんじゃなかったのか!?もう金輪際信用しないからなっ」
「い、いや。流石に船酔いからは…」
最愛のヴィヴィアンヴァルツと他の取り巻きを出しぬいて二人旅。そんな甘い期待は航海の数時間で大破される。苦い笑みを浮かべ宥め賺すも、返される暴言は八つ当たり。
具合の悪さを心配する気分さえ削がれる横柄で自己中心的な言動はもはや才能と呼ぶべきか。容姿とは裏腹な魔法使いと過ごして日々増えて行く、大きな深い溜息を吐いた。
「喚くと余計悪化するぞ、ヴィヴィアンヴァルツ」
「黙れ、アストライ…っ!」
聞く内同情さえ覚える。
理不尽な一方的な叱責を割り入ってアストライアがヴィヴィアンを支えてやると、一段高い甲板で舵を取りながら見下ろしていたジャーロが透明の液体が入った瓶を開いた口に流し込む。ダイレクトに喉を通り、こくりと鳴らして飲む蒼い顔色は直ぐに更に白く変わる。膝から崩れ落ち力の抜けた躰をアストは倒れる寸前で抱え「何を呑ませた!?」と思わず叫ぶ。
消毒液かと思わす強いアルコールの臭いに顔を顰め、吃驚した面持ちで昏倒しているヴィヴィアンと男とを見た。
「スピタリス。
静かになって丁度良いだろ、俺は女を口説く時によく使う」
「おお、成程」
『スピタリス』とは世界で最もアルコール度数の高いと称される96%のウォッカだ。
作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨