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LOVE FOOL・中編

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真っ直ぐにさらりと伸びた髪質と、端整な顔立ちは確かに美眼麗しいが探している人物とは系統が違っている。
「む…」

 生真面目な性分が眉間に深い縦皺を生み、軽く握った手を口許に当て黙り込む。正解の定まらない答はとても一言では表せない。見ず知らずの人間が口にした謎かけを真剣に取り組む姿にやんわりと瞳を眺め、思慮の糸を解すかの様、青年は抱えていた金の琴線で旋律を弾いた。
帰郷した者、これから旅立つ者達が一時歩みを止める聞き覚えの無い異国の音色は、たおやかに甘く、美しい。
荒んだ心に丸みを帯びた鈍刃が突き刺さる程。
 自身の抱く殺意を無言で諭されている風な錯覚と、じくりと泡立つ後ろめたさ。額に発した痛みを押さえ、アストは思考を止め視線を上げた。
「詞にならない答で申し訳ないが、俺には「どちらが」なんて選べない」
 出来うる限りの平静を装い、簡潔に応えるとその場と吟遊詩人から逃げ去る。けれど思い出したチップを手に再び詩人に駆け戻ると青年は気分を害した様子も無く弦から指を離す。
「お気に召しませんでしたか?」
「いいや、此方の心意的問題だろう。きっと俺には音を楽しむ余裕が無いんだな」
「ではその時に。まだ出会える縁があれば」

 生業としている以上、満足していない相手から代償を貰う訳にはいかのだろうか。
口調は柔らかであったが頑なに否を示すと、掌に乗った銀貨を押し戻す。仕方が無い、と口元に苦笑を滲ませ手を引き戻せば背後から自分を探すヒステリックな呼び声と靴音が聞こえてきた。
「アスト!!アストライアー―!…っと、知り合いか?」

 見た目の容貌とは裏腹に何かとイラつきやすい同行者は、姿を見るなり爪先から詩人を値踏みする。
アストライアの肩から顔を覗かせ、声の主を見やると詩人は自分と良く似た銀髪の姿に独り成程と頷いた。
忙しない人の流れでははぐれるのも無理からぬ事だ。

「お前と間違えて声を掛けてしまった」

 降り立つ船客は漸くまばらに減り、港に残るは旅行と無縁の軽騎士と吟遊詩人の彼だけ。なかなか街に入って来ないアストに痺れをきらし、探しに来たもう一人の銀髪、ヴィヴィアンヴァルツは二人の間に割って入る。
「何だそれは!どう間違えれば俺と他人が同じに見える、節穴にも程があるだろ!」
「…。」
 指をさし訴えられても此方は呆れて弁解する気も起らない。どう説明しても怒らせるだけだろうと口を噤むアストライアと、煌びやかな10の指輪が光る手で自身の髪を撫でる青年とを見比べ、詩人は期待のこもった眼差しで今度はヴィヴィアンへと尋ねた。
「貴方は愛と涙、どちらが高いと思われますか?」

 目を惹くほどの美しさと激しい個性。
世界を巡る彼はこれまで性別問わず、様々な土地でこのフレーズを投げかけて来たが彼ほどの対極を
一身に抱く人物にはそうそう出会えない。
一体どんな応えが返るだろう?

 営業スマイルの裏に好奇を隠し、粗暴な佳人を見つめると「ああん?」と酷く面倒くさげな声が漏れる。制する様なアストライアの声にも耳を貸さず、ヴィヴィアンは深く溜息を吐いた。
「どっちが、というか。『感情の排泄物』に元々価値も意味も何も無いだろ」

 それから、さも当然といった顔で肩を竦め深紅のコートを翻す。瞠目するアストライアに背を向け、そうとだけ言う彼は街の中心区へと歩み始めた。
潮の香りが一陣、立ち去るヴィヴィアンの後を颯爽と吹き抜ける。
残された詩人はきょとんと言葉を呑みこみ、それから瞳を数回瞬く。

「排 泄物…」

 ここは海に囲まれた蒼の王国、シェステール。

光と影、水面に映る月。対なるもう一つの世界。
「異大陸」とイエソドでは呼ばれているザニア国への唯一の旅路だった。

 世界には空と大地と海と、そして「混沌」と呼ばれる深い裂け目がある。同大陸、同じセフィラだけなら空や海を渡って行き来が可能だが、世界の善きもの悪しきものが無秩序に流通し合う事を遮断するかの様、奈落の果てまで裂けた闇は予兆無く姿を表しては消え幾多のも旅人を呑みこんでいる。
「異大陸」と呼ばれる混沌の向こう側を確実に往復出来るのは、ヴィヴィアンヴァルツを含む空間操作が可能な一部の魔術師。そして四方を海に囲まれた水の恩恵を持つシェステールもまた、精霊と魔女の棲む大地に行く事を赦されていた。けれど船に乗るには金と乗船までの時間と、加えて衛生審査と身体洗浄がある。
王都アイホルンのひときわ賑わう中心部、店の立ち並ぶ広場を足早にすり抜けるヴィヴィアンヴァルツの肩を掴み、アストが強い口調で呼び止めた。

「どこに向かうつもりだ。俺達は観光に来たんじゃ…!」
 都自慢の噴水がタイミング良く飛沫を止め、思いがけず響いた声に周囲を駆けまわっていた街の子供達が何事かと不安顔で見上げる。澄んだ瞳に見つめられ、騎士は掴みかかった手を下ろす。
街並みに視線を巡らせば、道沿いに様々な店が並び白と青を基調とした外観に一点の汚れも無い。
穏やかな暮らしの住民は貧富の差も見受けられず、彼等は皆笑顔で働いている。王族と貴族と市民の階級がはっきりと線引きされていたラモナとはまた違う。
強い力に「護られている」と感じさせる安穏が此処にはあった。
自分には似つかわしくない街だ。
 ふとそんな思いが過り、片耳だけ残されたピアスを弄る。

「勿論そのつもりだ。予定ではまだ此処に滞在している筈なんだが」
「誰が?」

 照りつける陽を避け、店の軒下に身を隠すとヴィヴィアンは直ぐに好奇心旺盛な街の若者達の目に留まった。店番の娘が一人、きっかけを掴もうと店自慢の料理や葡萄酒を試飲試食に差し出す。
「ザニアまでの「脚」」
「!?」

 注がれる無垢は微笑みには目もくれず、不思議そうに差し出されたカップを受け取りヴィヴィアンは頬を染める少女に訊ねた。
「この街にあるシャノアール家の館を知らないか?」
「えっ!」

 名を聞いただけで顔色が白く変わる。
 周囲の空気が一瞬で張り詰めたのはアストライアの気のせいでは無い。ザニアまでの「脚」と云う知人はこの地でも特別な目で見られている様だ。

 好くも悪くも。
 シャノアール家と言えば、商人でその名を知らぬ者は居ない。
数世紀も前から血臭い歴史の裏で暗躍する彼等の一族は、兵器、人身、人体に至るまで様々な「禁忌」を商品として扱ってきた。結果どれほどの人命が奪われようとも関知しない、商売仇があれば徹底的に叩き潰す。冷酷無比な金の亡者。
そんな生業故シャノアール家は代々後継ぎの男子は短命と定められている。死んでいった者の怨念と、残された者の遺恨が彼等の命を「偶発的な事故」に導くのだ。
呪われた闇商人の血族シャノアール。
 皮肉な事にその肩書きは戦争を望む国家から絶対的な信頼を得る証となり、人の命は尚も無駄に奪われ続ける。
現在の家督でもあるヴィヴィアンヴァルツの自称親衛隊「隊長」。ラームジェルグ・アルトアイゼン・シャノアールもまた、若い身でありながら莫大な富と名声と日々膨れ上がる因果応報を受け継いていた。
作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨