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LOVE FOOL・中編

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自信過剰で高慢な性格からすっかり忘れていたが、己はそんな彼に何度も救われていたではないか。
全てでは無いにしろ。
「あまり無理はするなよ」
アストは焼けた自身の腕を一方の手で握り、ゆっくりと後退する。
場を和らげる微笑みは上手く作れただろうか。
自然と口をついた優しい言葉にヴィヴィアンの指が留まった。上目使いで睨む紫瞳に失言を吐いたと気が付くももう遅い。
「無理?俺が無理をする様に見えるのか?この俺が??」
「いいや。ヴィヴィアンヴァルツがそんな奴じゃ無いのは重々承知」
喉奥に燻る、伝えたい謝罪と労わりの言葉はアストライアの徒労に終わる。肩を竦ませながら「下の階に居る」と告げ部屋を静かに出た。

気難しいのは今に始まった事では無かったが、今回ばかりは胸に刺さる。罪悪感か。
扉の開閉音と共に深く溜息を落とす。
再び姿を見せると住人達の視線がこちらに注がれていた。重い足取りで階段を下りきり、アストは中央に座るユプシロンの前に歩み寄った。
「漸くスイッチが入ったみたいだから自分から出て来るまでそっとしておけば良い。
それよりアストライア、俺は腹が空いた」
自責で俯く青年に向けられた要望に顔が上がる。
「え…」
「あと数時間で街の朝市が開きますわ」
言われた内容を理解するまでに数秒時間を要す。
それは俺が作れと云う事か??
ニコニコと微笑み、言葉を繋ぐ精霊と賢者と、瞳を輝かせて見つめる若い少女とを交互に見返し疑問符を投げると一同は合わせた風に頷いた。
「あ、―ああ。分かった、出来はあまり期待しないでくれ」
厨房を指差され、促されながら数少ない手料理の種類を脳内で並べた。賢者といい、ヴィヴィアンといい。
言語を省いて指差しで人に意志を伝える仕草は知識量と比例でもするのか。綺麗に磨き上げられた調理機材を一通り眺め、腰に手を当て溜息を吐く。
時間と人数を考えて選ぶ献立は一つしか浮かばない。
深い大きな銀色のシチュー鍋を手にするとアストは腕を捲り、マントを脱いだ。

+++

蹂躙された街と城壁を打ち消す華やかに装飾された電飾と花の飾り。そして広間に満ちる歌と踊り。
国を挙げての盛大な宴は新たな歴史の一歩を祝うラモナ開国の祭り事だ。
人々の見上げる中心にはうら若い王と僕の騎士。
二人は主従というより、古くからの「友人」といった表情で玉座の足許に並んで腰を下ろしていた。一度は誤解から剣を交えたものの、今は一層の絆を育んでいる。
「本当に仲の御宜しい事」
「何でも二人は幼馴染だったとか、そして今は命を互いに預ける間柄。素敵なお話ですわ」
そんな噂話と微笑の飛び交う中、貴族や街人の間をふわりと見慣れぬ少女が横切った。
「そう…「幼馴染」。なら引き裂くのは可哀想かしら?」
くりくりと甘いカールの掛った髪は話題の新王にも劣らない眩い黄金色で瞳は澄んだブルー。純白のレースを幾重にもあしらった優美なドレスに身を包み、彼女はふわりと後方に控える二人に訊ねる。
彼女の左には黄色い軍服めいた衣装を纏う長身の男が。右にはやや小柄な、きつい顔立ちをした赤髪の少女が控えていた。
「白薔薇は優しいからな」
彼女は主の不穏な言葉に口許を吊り上げ、頷く。
ドレスの少女は人混みの先頭に進み出ると恭しく進み頭を垂れ、裾を摘んで王族に一礼を向ける。
なんて可愛らしい淑女だろう。
幼い王子は兄の新王と同じ髪色と瞳の青とで微笑を返し、可憐な少女に歩み寄った。
「ねえ君、名前は?」
誰にでも気さくに話しかける弟王子の姿を穏やかに見つめていた国王だったが、少女の横顔と背後の二人を見るなりその表情は一変する。
テセウスは周囲が怯えるほどの声を張り上げた。
「お前達…!目的は何だ!何をしに来た!?」
側近はおろか、幼馴染であるユースティティアですら身が強張る。誰もが聞いた事の無い、王の露わにした怒りに空気が凍てつく。
「兄さん?」
広間で対峙しているのは王と、王子と、少女だけ。
他は皆床に身を伏せ、赦しを乞う姿勢の貴族達の中、当の少女はびくりとも動じずにっこりと微笑む。
「まあ、そんな大声を出して。国王ともあろう方がはしたなくてよ」
隣で構える騎士長にアステリオスを保護させ、下がらせたと同時に一歩、前へ踏み出した。
「仲間のアリアドネから聞かされていないのか?
私は気が短いのだと」
自身よりも倍は幼いドレス姿の少女を脅かす程の憤激に、冷静さを掻き集め王は言う。何よりも、ここでの争い事は得策ではない。多くの犠牲を孕む。
武器を持たない、この儚げな少女に今にも斬りかからんと細剣の柄を握りしめた。後ろの二人も、視た処武器を所持している身なりでは無かった。
持っていたなら、兵士が此処まで彼等を通す筈が無い。そして此方は騎士団が控えている。
少し脅すつもりで。
それで十分だと、彼は軽率にも思っていた。
「目的?そうね。しいていえば不愉快。
緑薔薇の死はとても痛ましい出来事だったわ。
それなのに貴方達が、今もこうして生きているのが堪らなく不快で仕方が無いの!」

「魔女共め…」
王の言葉は開戦を表す。広間から警備の武装兵達がなだれ込み、円陣を組んで三人を取り囲んだ。
小さく細身の少女なら大人の女でさえ組み敷くのは容易いだろうに。重々しい空気と異様な光景が、見る者に再び恐怖を窺わせる。鎧を纏った兵士に槍を向けられようとも、少女の微笑みは曇らない。
天使の様な甘い笑顔を貼りつけたまま邪悪な台詞を謳う。
「では選ばせてあげますわ、身の程知らずの国王様。
一瞬で肉体が判別出来なく程破壊される醜い死と、長い苦悶の末に訪れる、見眼麗しい死。
どちらがお好みかしら?」
彼女が嗤い、両掌を掲げると後の二人が慇懃に首を垂れた。どちらかを選べ、というのは「彼等」のどちらかと戦えという意味か。
(ふざけるなよ!)
テセウスは白銀の剣を鞘から引き抜く。
華麗に舞った光の先端は真っ直ぐ魔女の喉元に突きつけられていた。
「陛下、王子は安全な場所に避難しておいでです。
お下がりください。後は我々が」
庇う様に背中を預け、同じく剣を抜いた騎士団長がぴたりと寄り添う。「幼馴染」というのは噂だけでは無いらしい。
「ユースティティア、それは止めろと言った筈。
それに俺の方が強い」
「…今は違う」
「どうかな?」
兵の一団と、目の前の騎士二人。武器を持たない三人の招かれざる客に、あまりにも行きすぎた脅しではないのか?
固唾をのんで、壁際に逃げ込んでいた住民たちは誰もが思っていた。けれど。
「―そう、あくまでも抗うというのね?
二人共、素晴らしい覚悟だわ。では貴方達には「彼」と戦う栄誉を与えましょう」
少女は気だるく吐息を一つ零す。
挙げていた左の掌を返すと黄色の薔薇を胸に刺した青年が一歩前に進み、彼女の甲に口づけた。
「後はお願いね」
「仰せのままに」
青年の耳元で囁きながらもう一度ドレスの裾を摘み、頭を下げる。
「たとえ死が二人を別つとも、共に居られますように。仲良くお眠りなさい」

選ばれなかった一方の従者はこれから降り注ぐであろう大量の雨に傘を差す。美しい支配者。
彼女が醜い男達の血で汚れてしまう。
「ありがとう、貴女はいつも私に優しいのね」
「どういたしまして、僕の敬虔な支配者」
作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨