LOVE FOOL・中編
「おい魔法使い、なんとか説得出来ないのか!?」
「今考えてる」
冗談の様に入っては追い出される騎士の姿に呆れ顔で応え、どうしたものかと杖で地面を突く。すると地面に描かれたのは救いの言葉ではなく大きな矢印が一つ、後方に伸びて何かを二人に示す。
そこで漸くアストライアは街の方から此方に向かってくる男女の影に目を細めた。
両腕に買い物袋を抱えた青年と、造形めいた美しさを持つ女性。
二人は森の前で右往左往しているアストとラームジェルグの前で驚く素振りも見せず立ち止まると持っていた荷物を手渡す。
「こうなるだろうと思って「わざわざ」「特別に」迎えに来てやったんだが、ひと足遅かったな」
青年は言葉端に皮肉を込め、此方を爪先から頭の先まで値踏みする。
「嫌ですわユプシロン。知っていて、面白そうに見てらしたくせに」
「エルライ!?」
長く艶やかな黒髪に深い青の瞳。
彼に寄り添う様、隣を歩く新緑色の髪と瞳はもしかすると本当に人ではないのかと思わせる。
「…。」
見た瞬間に彼が「青の賢者」だと判った。
賢者や魔法使い。特殊な天才と自称する連中で無ければ、いきなり荷物持ちをさせるような暴挙に出る筈が無いと、アストライアはこれまでの経験上深く学習していたのだ。
一方。
即座に弾き出された二人に比べ、森からの歓迎を受けたヴィヴィアンヴァルツは黄金色に敷かれた路の上で溜息混じりに腕を組む。
入った時はごく普通の砂利道であったが一歩踏み出すと、そこは誂えたように人が一人通れるだけの細い小道。
靴に負担のかからない様に配慮されたヴィヴィアンの為のレッドカーペット。振り返るも森の入口は掻き消え、樹木と緑のカーテンは前後左右何処までも続いていた。
一般的にこれを「迷い込んだ」という。
「だから、こっちから行くのは嫌だったんだ」
こうなるだろうと思っていた!
丁寧にも空宙から季節外れの花吹雪が舞い散り、花弁が髪の間や肌、シャツの中にまで入り込む。
精霊達の喝采とキスマークを両手でぱらぱら払い落しながら重い足取りで不満を零す。
この森は神木ユグドラシルと少なからず縁があるのかもしれない。憧れの姫騎士と人の恋人がやって来た。とでも思っているのだろうか?だとしたら大いに迷惑な話だ。
色濃く茂った木立の影から注がれた姿の見えない熱視線を睨みつければ黄色い声と忍び笑いが返ってくる。黙々と進むヴィヴィアンの横を追い抜くでも後を着けるでも無く、ただ共に歩き、仲間内で何かを言い合う。
噂と色恋沙汰は全種族共通のトピックスなのか。
時折、くるりと小さなつむじ風が楽し気に赤い花を舞い上がらせていた。
そんな状況下でどれだけ歩いただろう。
時間で表すなら一時間にも満たないが、千歩は無駄に歩いた気がする。出口の見えない直線路をループしたところで魔法使いは苛立ちも露わに声のする方へと振り向いた。
正面から見る面貌の精悍さに息を呑む。
「いい加減にしろ、お前達!この俺が、忙しい時間を割いて訪ねてやって来てるんだ、さっさと賢者の屋敷に道を繋げ!」
人差し指を果てしない道の先に突きつけながら。
魔力は失っていても紫水晶の瞳はしっかりと隠れた姿を見据え、幼い精霊に憤りが飛ぶ。美麗な顔から投げかけられた初めて言葉が怒声であった衝撃に森全体がシン、と静まり返った。
『ふ、ふえっ…っ』
ヴィヴィアンヴァルツに怒鳴られた事が余程怖かったのか、間を置いて今度はべそべそと啜り泣く。
身を隠す術も吹き飛んだ精霊の娘は陽炎の様に途切れ途切れ、輪郭を森林の影から覗かせている。
面倒臭い。とでも言いたげな深い溜息の後、何も無い空間に向けた指先の上を太陽光が翳りを落とした。
視線を上げれば古めかしい屋敷が初めから其処に在った風体で、建っていた。
不機嫌だったヴィヴィアンの口許が薄く吊り上がる。
「ふふん、やれば出来るじゃないか」
『…!!』
無意識な鞭と飴。叱責の後の褒め言葉。
冷ややかな笑顔に免疫の無い純真な乙女のハートがまた一つ、ヴィヴィアンヴァルツに捧げられようとしていた。
++
「お前、森の精霊達を脅したそうだな?」
開口一番、青の賢者は遅れて辿り着いたヴィヴィアンヴァルツを睨みつけた。
「どこをどう聞いたらそうなる。
そっちこそ、自分の従属ならしっかり躾とけ」
屋敷に入るなりコートを脱ぎ、髪を払う。
古めかしい外観の館は内装もクラシカルで、その癖実用性にも富む。
持ち主のシンプルな性格を現している様だ、が。
勧めてもいない内から上がり込む噂の魔法使いに、家主は怒りとも笑いとも測りかねる表情を貼りつけ腰に当てた両手に力が籠る。
「彼等と俺とに主従関係は無い」
「ふーん。そんな情報どうでも良いが」
「いちいち勘に障る奴だな!!」
初対面とは思えない言葉の応酬。
部屋の奥で一足先に腰を落ち着けたアストライアとラームジェルグは、玄関先で始める二人の会話を怖々覗く。
賢者ことユプシロン・ウルサェ・マーイョリス対、魔術師ヴィヴィアンヴァルツ=ラヴィニ=ウィルベルガ。
やはり気が合う風には見えなかった。
「皆、噂のヴィヴィアンヴァルツと逢えるのを楽しみにしていましたから。少し悪戯が過ぎたのですわね」
騒がしい来客に微笑むエルライもまた「カーラ」の精霊である。
個人的な二人の関係は推測しないが、どうやら彼女だけはこの屋敷に住んでいるらしい。ラームジュルグはティーカップを傾けた。
「ヴィヴィアンヴァルツに逢えば誰でもそうなる。
相手の性質を感知できる種族なら尚更だ」
それほど「価値」がある。
「それはそれで不憫な体質だな」
自分の事の様に誇らし気に胸を張る親衛隊長に、呆れ顔でアストはエルライの前にも遠巻きながらカップを置く。それをラームジェルグが精霊の前に押し勧めた。
「そう神経質にならなくても。もしも、があればそれも「環」の一部なのでしょうし」
何やら自分が二人のナイトに傅かれるプリンセスに成った様だと気恥しさを示す。透き通った緑髪と肌が僅かに赤らむ。
「いや。避けられるなら努力は惜しまない。他に出来る事があれば言ってくれ。
二人には迷惑をかける分、働いて返すつもりだ」
館に辿り着く途中受けた「森の精霊は火を避ける」「触れられない」というユプシロンの言葉を忠実に守っていたのだ。
制御出来ないから万が一の為に距離を保つ。
彼自身望んで得た力では無いのに呪いを受けて尚、他者を気遣える人間はそれだけで好ましい。
(器用貧乏…というのかしら)
エルライは目の前で湯気を上げる甘茶色の液体に手を翳した。
ひとしきりヴィヴィアンとの喧嘩腰の会話を済ませた後、荒い歩調で戻って来た賢者は手渡された紅茶を含み「美味い」と呟く。ごく自然に抱えて来た食糧を片付け、茶を淹れたばかりか厨房を借り食卓を彩る客人に用意していた小言を呑み込んだ。
「お前は随分と所帯じみた騎士だな。以前此処に来た男はえらく不器用だった」
「ああ、俺は元々第三階級の人間だから家事は一通り。騎士というのも名ばかりだ」
「…。」
こいつと話すと調子が狂う。
皮肉も高慢な態度も軽く受け流され、顔を背けるとニコニコといつもより幾分楽しそうに揺れる精霊が映った。辿る視線の先にはヴィヴィアンヴァルツ。
作品名:LOVE FOOL・中編 作家名:弥彦 亨