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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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緊張感が上回っていた。
どんな酷い内容であろうと全てを受け止める覚悟ができた頃、彼女はファイルをダブルクリックした。

「佐野 涼子 様

 最初に、お詫びいたします。
 あの画像ファイルを引き出しに忍ばせたのは、僕です。
 本当に申し訳ありませんでした。

 理由を説明いたします。
 僕は、営業第二部の山田という女性から、
 以前から言い寄られておりました。
 彼女はあなたを疎ましく思っており、
 あなたへの嫌がらせを画策しておりました。
 (以前にも、何人もの女性が同じ目に遭い、酷く傷ついて退職していきました)

 僕はあなたのそんな目に遭わせたくない一心で、
 自分からあんな悪趣味な嫌がらせをしてしまいました。
 とりあえず、この職場から離れたほうがいいという、
 僕の独断でつらい思いをさせてしまいました。
 心よりお詫び申し上げます。

 念のため申しておきますが、あの画像は粘土細工です。
 割れたマグカップも、僕が事前に用意した同じデザインのものです。
 あなたが退職なさった後に、お知らせしようと思っておりました。

 今さら、なぜ自分の罪を告白する気になったかと申しますと、
 件の女性、山田が今月で退職することになったからです。
 彼女からの再三の交際の申し出は、はっきりと断りました。

 僕はあなたが好きになってしまったからです。

 理由はどうあれ、あんな酷いことをしてしまったことは事実です。
 だから、今さらこんな告白をしても、
 気持ち悪いと思われるだけかもしれないと覚悟の上です。

 でも、せめて、この気持ちだけは伝えさせてください。

 いつも僕のデスクを綺麗に拭いてくれてありがとう。
 いつも僕にだけ一番煎じのおいしいお茶を淹れてくれてありがとう。
 いつもぼくの好きだと言った花を自分のデスクに飾っておいてくれてありがとう。

 あなたは何も言わないけれど、僕は気付いていましたよ。
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 」

それは、秋元からの、涼子へ宛てたラブレターのようなものだった。
そして、彼の遺した唯一の遺言でもあった。
読み終えた後、まず画像ファイルを確認した。たしかに、よく見ればただの粘土細工だった。そのいやがらせが涼子自身を想うゆえの行動だったことを知った。そして、八重子からの復讐ではなかったことを知った。なにより、秋元に自分の気持ちが伝わっていたことが嬉しかった。さらに、彼も自分に好意も持っていてくれていたこと ……。

涼子の心は、一瞬で晴れ渡った。今の職場で悩んでいた全ての出来事が、急速に蒸発していくような気持ちになった。

その一瞬ののち、巨大な喪失感が襲ってきた。

涼子はその日一晩中、声をあげて泣き続けた。





「涼子」

振り返ると、そこに八重子が立っていた。

秋元の墓前で、ふたりの女が向き合ったまま、しばらく黙りこんでいた。
お互いがお互いに対して、同じ想いを抱いてた。

“なぜ、あなたがここにいるの?”

“…… 久しぶりだね”

「腕の傷は大丈夫なの?」
八重子が先に口を開いた。
「うん。全然平気」
涼子はにっこり笑って答える。八重子に対する恐怖感は、すでに微塵もなかった。
そんなことより、今、偶然とはいえこれだけ接近できたこのタイミングで、八重子にあのときのことを謝ったほうがいいか、謝らないほうがいいか迷った。

「涼子、これ、憶えてる?」
そう言って、八重子は右腕にはめたブレスレットを見せた。涼子にはまったく見おぼえがないものだった。だが、その意味はすぐに理解できた。
「忘れる訳ないじゃない」
涼子はそう答えて、バッグから取り出したものを八重子に見せた。プラチナ製のSOSカプセル ……

“涼子、わらしべ長者って知ってる?”
“童話でしょ? 一本のわらをどんどん物々交換していって、最後に大金持ちになる”
“あたし、それをやりたいの。涼子もいっしょにやろうよ”
“やるって、どうやって?”
“この二人お揃いのミサンガ、ここから始めるの。あたしと涼子、それぞれで自分の友達とかとこれをどんどん物々交換していくの。それで、たまにはふたりで集まって、お互いの宝物を自慢し合うの。どう?”
“べつにいいけど …… どうして急にそんなこと言うの?”
“あたしたち、ずっとこの職場でいっしょにいられるか分からないもん。だから、これは永遠の友情のあかし”
“さみしいこと言わないでよ”
“あとね。これはあたし自身への誓いでもあるの。わらしべ長者みたいに、あたしもどんどんいろんな男を渡り歩いて、最後にすっごいイイオトコ掴むの!”

「涼子、あたしは、すっごいイイオトコ捕まえたよ!」
八重子は明るく言った。
涼子は、どんな表情をしたらいいか迷った。
「涼子はほうはどう? イイオトコ捕まえた? …… あいつとは、あれから、すぐ別れちゃったんでしょ?」

八重子の口から発せられる“あいつ”や“あれから”さえ、今の涼子には懐かしさを感じるだけだった。
「うん。イイオトコ、見つけたよ。でもね ……」

今、涼子と八重子がそれぞれ頭に思い浮かべている“イイオトコ”は同一人物で、二人のすぐそばにいる。

「でもね、あたしがこの“宝物”に立てた誓いは、そういうことじゃないの」

涼子は、自分が移り気な性格に悩んでいたことを、八重子に初めて告白した。

「だから、あたしの移り気は、この宝物にぜんぶ預けているの。宝物のほうは移り気でどんどん持ち主を変えていく。あたしの手の中の宝物はどんどん姿かたちを変えていく。その分、あたしの中の移り気は、どんどん吸い取られていく気がするの」

八重子は、黙って聞いていた。
墓地にはやわらかい風が吹いていた。
秋元の墓前に供えられたパーフェクト・ラッキー・ストーンが風に揺れて、ことりと音を立てた。
涼子は自分の思いの発露が風に乗って、八重子の身に染み込んでいくのが見えた。

「だから…… ありがとう、ヤエちゃん。ありがとう」



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「スズキ、きみの書いた“秋元の手紙”はなかなかのファインプレーだったな。まさか例の画像のほうまで粘土細工で作り替えてしまうとはね。そこまでは、わたしも考えが及ばなかったよ」

スズキは、アイダを凝視したまま、何も答えなかった。

「あれは、幸運レベル2といってもおかしくないだろう。いやがらせの件も見事に昇華できているし、佐野様の恋も、ほぼ成就したといっていい」
実際にいやがらせが止めたのは、アイダの仕事である。いやがらせの真犯人である畠田麻子に対して、どのような手段で止めさせたのかはスズキの知るところではなかった。