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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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「今、他の者をお呼びいたします」
そう言ってそのまま通り過ぎようとしたウエイターを、スズキは再度呼びとめる。
「いやいや、注文じゃなくて。ちょっと質問したいんだけど」

スズキがメニューを広げて商品名の由来などを訊いている十数秒の間に、アイダはポケットから取り出した薬品をすばやくカクテルに混入した。

「じゃあ、そろそろ出ようか」
その後、アイダは何本か電話をしてから、スズキに言った。
「新藤八重子の調査ですね」
「そっちはスズキに任せよう。わたしはほかを当たる」
「お客様と小野寺は、このまま放っておいていいんですか?」
「あとは若い人たちだけで、な」
アイダは珍しくおどけて言ってみせた。

「わざわざ我々が手を加えなくとも、うまく事が運ぶことだってある」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



阿佐ヶ谷駅前でタクシーを降りた涼子と小野寺は、二人で夜道を歩き始めた。
「小野寺さんも、阿佐ヶ谷なんですね」
「いや、オレは笹塚。今日は、友達から急ぎの用があるって呼び出されてね」
「ああ、さっき電話かかってきてましたよね」

その電話の主が実はアイダだったということを、小野寺は生涯知ることはなかった。そしてこの後、1時間の待ちぼうけを食わされることになる。

「まぁ、でも、用事がないとしても、佐野さんをあのまま放っておくわけにはいかなかったけどね」
店を出た頃、涼子は足元もおぼつかないほど酔っぱらっていた。小野寺とタクシーに乗っていた1時間弱、後部座席で横になっていたのだが、いまだに足元がふらついていた。
こんなに悪酔いしたのは初めてだった。

「ほんとう、大丈夫?」
小野寺は、ふらついてる涼子に遠慮がちに身を寄せた。
涼子は小野寺の肩に、肩だけもたれかかる。
小野寺に変なクスリでも飲まされたのかしら、ふとそんなことを思いついた自分が馬鹿馬鹿しくなって、くすりと笑った。

「どうしたの? 思い出し笑いなんかして」
「ううん、べつに。…… 友達から呼び出されたって言ってましたけど、実はカノジョさんだったりして」
「違う違う、大学時代の友達。残念ながら男だよ。なんならいっしょに行ってみる?」
「でも、カノジョと間違えられちゃうかもしれませんよ」
「べつに問題ないけど」

それから二人の会話は途切れた。

ふらつきながらゆっくりと歩を進める涼子はときどき“おっとっと”と呟き、小野寺がそのたびに“大丈夫?”と声をかける。はたから見れば不自然さのかけらも感じないが、二人にとっては、長い沈黙の時間が過ぎていった。

「あたし、すごく移り気な女なんです」
先に口を開いたのは涼子だった。

あたしは一体何を言ってるんだろう、ぐるぐると回る意識のどこかでそう思ったが、思考する力が湧いてこない。口が勝手にすべりだしていく。

「もう、すごい、病的なほど移り気なんです。ハケンやる前の会社では、2年でカレシ20人ぐらい替えたりして。フタマタかけてるときもあったりして。なんか、あたし、すごく飽きっぽいというか」

小野寺は黙って聞いていた。

「安心すると物足りなくなるというか…… それで、すごく人を傷つけてしまったことがあって。それで、前の会社を辞めてから、生まれ変わろうと誓ったんです」

「オレは、今の話は聴かなかったことにしたほうがいいかな」
小野寺は前を向いたままの状態で、静かに口を挟んだ。

「え?」
「オレは、今の佐野さんだけ知ってればそれでいいよね。まだ、一週間ぐらいの付き合いだけども、オレには佐野さんが芯のある、とてもしっかりした女性に見える」
「…… 今はこんなに、ふにゃふにゃですけどね」

そう言って、涼子が微笑みながら小野寺を顔をみたとき、彼の顔は笑っていなかった。

小野寺は急に立ち止まり、涼子に向き直った。

その弾みで、体勢を崩しかけた涼子のバッグから、何かが落ちた。

それは、涼子の宝物だった。プラチナ製のSOSカプセル。
涼子の、ぐるぐると回っていた意識が、突然、回転を止めた。

「佐野さん、オレは」
「あたし、今、好きな人がいます!」
涼子は突然、大きな声でそう言った。
「今日は本当に、ありがとうございました。失礼します」

涼子はふらついた足取りのまま、小野寺から離れた。

そして、ぽかーんと立ち尽くす彼をその場に残して、独り家路を急いだ。





翌朝、出社した涼子を待っていたのは、給湯室で粉々になった彼女のマグカップ。
誰にも見つからないよう、涼子はそれを冷静に片付けた。
大きく深呼吸する。
くだらない嫌がらせを鼻で笑うほどのゆとりが、自分のなかに芽生えていることに気付いた。

「あたしは、大丈夫」

昨夜の小野寺とのことを思い出す。
小野寺には申し訳ないことをしたと思っている。彼の気持ちは分かっていた。だが、ギリギリ危ないところだったけれど、どうにか彼に告白させずに済んだ。彼のメンツはちゃんと守れたはずだ。
正直、申し訳ないという気持ちよりも、感謝の気持ちのほうが大きかった。
自分はちゃんと生まれ変わっていたのだ、と涼子は実感していた。
そして、そう実感できているのは、小野寺のおかげだと思っていた。

とにかく、あたしは、大丈夫だ。



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地下のいつもの会議室。アイダとスズキはうなだれたまま、しばらく黙っていた。

「とりあえず、いろいろと間違えてましたね」
スズキが口火を切る。アイダは目頭を押さえたまま、黙って頷いた。

「まず、例のいやがらせの犯人は、新藤八重子じゃありませんでした」

スズキは昨晩、もつ鍋屋を出てから八重子の調査に向かっていた。そこで驚くべき事実を知った。
「八重子は今の職場に、恋人がいます」

その恋人とは、涼子の所属チームのチームリーダー、秋元だった。

八重子にとって、涼子とのことはすでに過去のことだったのだ。
“このままで済むと思うな”という言葉は、その後の相手の人生にとって脅威となり続ける。それを言い放って涼子の元を去った時点で、八重子の復讐は完了していたのだ。

「いやがらせの犯人なんだが」
アイダもやっと口を開いた。

「畠田だったよ。佐野様の、向かい席の畠田麻子」
アイダは昨晩、もつ鍋屋を出てから涼子の所属チームメンバー全員を調査していた。そのため彼は、昨晩から一睡もしていない。
「畠田の独り暮らしのアパートを調べてみたんだがね。例の中絶児画像を印刷した紙が何枚も出てきたよ。さらに、こんなものまでね」

アイダが取り出した写真。そこには、プラチナ製のSOSカプセルが写っていた。

「これって、まさか、お客様の所持品ですか?」
「いや、違う。佐野様はちゃんと毎日ご自分のSOSカプセルを持ち帰ってらっしゃる。でも、これは特注品だし、まったく同じものだよ。同じ男が、両者に同じものをプレゼントしていたんだ」
「そんな! お客様の交友関係は、相当念入りに調べ上げたと思いますが」
スズキは驚きの声を隠さなかった。