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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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離籍するときは、なるべく畠田といっしょにいるよう心がけていた。
八重子の最後に放った言葉を思い出す。“このままで済むと思うなよ”…… それだけで、まったく痛みなどない腕の傷跡の部分の、筋肉が強張る感じがしていた。

それでも、涼子がこの職場から逃げ出さないのは、この新しい場所で、一目惚れした男がいたからだった。
今まで幾多の男を手玉にとってきた彼女だったが、彼の前では上手く駆け引きができなくなっている自分がいる …… それが彼女にとっては、むしろ痛快だった。
この感覚は間違いない、と彼女は経験上分かっていた。かつての、惚れっぽい頃のそれとは確実に違う手ごたえがある。
八重子との偶然の再会で自分の運の悪さを呪ったが、むしろ逆なのかもしれない。

あたしは実は運のいい女なのかもしれない、そういう感覚も芽生え始めていた。

彼女は胸ポケットに忍ばせたパーフェクト・ラッキー・ストーンを想う…… さっそく効果が表れてきたのかもしれない。300万の価値はやはり伊達じゃないのかな、と思う。
考えてみれば、八重子のことにしても、ここまでなんの被害もないじゃないか。

そう、ここまでなんの被害もない。1週間が過ぎた今、涼子は少し安堵し始めていた。

あれから1年半が経っているのだ。あの八重子にも新しい出逢いがあって、きっと、あたしのことなど、もうどうでもよくなっているのかもしれない……

そう思い始めていた。

引き出しを開けて、“やっぱり駄目かぁ”という冷め切った諦めの感情と、不条理に対する怒りと、抑え込んでいた感情の解放とが入り混じった絶叫を上げるまで……





「気にしないほうがいいよ。相手の思うつぼだから」
「ていうか、なにかの間違いかもしれないしね」
畠田たちのなぐさめの言葉も、泣き崩れる涼子には届いていなかった。

自分のデスクの、カギが掛からない左側の引き出しから、A4用紙にカラーでプリントアウトされた中絶児の画像が出てきた。シルバーの容器に乗せられた胎児は、頭が半分ひねり潰された状態で、手足もちぎれていた。その画像を自分の引き出しに仕込まれていたことにどんな意図があったかなど、どうでもよくなるほどの凄惨な画像だった。

「犯人見つけたら、ぶっ殺すから。ていうか、女とかでも容赦しねえから、マジで」
勝手に怒りに震える河合をよそに、涼子はただ、悲しかった。

犯人は分かっていた。そんなことより、自分がこれほどまでに憎まれていることに、涼子は苛立ちを隠せないでいた。隠せないので、泣き崩れて誤魔化していた。
たしかに、前の職場では調子に乗っていたときもあったと思う。当時は、周りの全ての男たちを自分に夢中にさせる自信も正直、あった。
だが、それが自分の周りの人間を悲しませることであれば、そんなことは絶対にしない。八重子の恋人を奪ってしまったことも、彼が八重子と恋仲であることなど全く知らなかったのだ。八重子はそのことを理解してくれているのだろうか。

アタシハ、アノトキカラ、ウマレカワロウトシテイタノ!

「ごめん、こんなときに言うことじゃないのかもしれないけれど」
サブリーダーの小野寺が言葉を発し、全員の視線が彼に向いた。

「今日、佐野さんの歓迎会やらないか。こんなことがあった後だけどさ」
誰も何も答えなかった。

「やろうよ。佐野さんの好きなもつ鍋の店で。今朝、駅前でホットペッパー配っててさ。さっき佐野さんとも見ていたんだけど、“ここ行ってみたい”って言ってた店があったじゃない。ね? みんなで酒でも飲んで、こんなこと忘れちゃえばいいよ」





駅前の新装開店したもつ鍋の店。涼子の歓迎会にはチームリーダー以下、所属メンバー全員が出席した。

話題は涼子の自己紹介から始まり、お決まりの“彼氏いるの?”などを経て、昼間の出来事に及ぶ。その場の全員が、涼子を守ることを誓う。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」
みんなの善意が八重子の悪意を上回ることはないだろう、そんなことがふと頭によぎったが、涼子はその想いをかき消すように

「彼氏いないってホント?」
空いた涼子の隣の席に、小野寺がグラスを持ってやってきた。
「ホントですよ。今は、絶賛募集中です」
「ふーん …… ウチの仕事もだいぶ慣れてきた?」
「そうですね。だいぶ」
小野寺は急に声をひそめる。
「ウチのチームはリーダーがあの頑固な人だからねぇ。けっこう苦労させられてるんだよ、オレら。あの人、一度提案したことは絶対に曲げないから。お客さんともしょっちゅうぶつかってるからね」
小野寺は悪戯っぽい表情で言った。涼子はどんな表情をしたらいいか困った。
「まぁ、でも、あれでお客さんからは絶対の信頼を得ているから、この不景気な世の中でも、なんとか仕事が回ってきてるんだけどね。」
「そうなんですか。素敵ですよね」
涼子は適当に相槌を打った。

それを傍から聞いていた河合が騒ぎ出す。
「リーダー、素敵だってさ! こんな若い子が! よかったじゃん!」





…… 盛り上がる涼子たちの席の真後ろ、スズキとアイダは、不自然でない程度におとなしくオレンジジュースを飲んでいた。

スズキが最初に頼んだ生ビールは、アイダの指示によりテーブルの隅ですでに泡も無くなっていた。職務中の飲酒は厳禁である、そんな至極当然なことさえ忘れていた気の緩みを、スズキは少しだけ恥じていた。

「どうだ? お客様を実際に見た感想は?」
アイダはお通しの枝豆をゆっくりと食べながら言った。この仕事に経費などほとんど無きに等しい。つまみ1品ぐらいは注文したかったのだが、スズキが勢いで生ビールなど注文してしまったため、それも叶わない。

「たしかに、あれは男に不自由しない顔ですね。写真より実物のほうがよっぽどいい。畠田のほうもなかなか美人ですね。キャリアウーマンという感じで」
「他には?」
「そうですね …… アイダが言っていた通り、たしかに小野寺に対して好意があるようにも見えますね。それに小野寺のほうに至ってはもう、完全に一目惚れ丸出しですね」

「そうだな、さっそく、レベル2を1つ発動できそうだ。我々は運がいい」
この仕事は、スケジュール管理されている訳ではない。週に一度、作業報告書を提出するだけである。ただし、デッドラインは開始から365日後である。それは揺るがない。それを守れなかった場合、または、そう事前に判断されるほど進捗が乏しい場合、容赦なく解雇処分を受けることとなる。
解雇処分…… それは、我々のような境遇の者たちにとっては、絶望を意味する。

「今朝のホットペッパー、さっそく効果が出たみたいでよかったです」
今朝、通勤中の駅前でホットペッパーの配布係を装い、小野寺にホットペッパーをなかば無理やり手渡してきたのは、このスズキ自身だった。
「そうだな。あともうひと押しだ」
「お客様と小野寺をくっ付けるってことですよね? そんなに上手くいきますかね」
「両者とも恋人がいない。惹かれあっている。あとは、きっかけだけあればいい」

二人の脇を、カクテルを持ったウエイターが通りかかる。
スズキは打ち合わせ通り、ウエイターに声をかける。
「すいません、ちょっと訊きたいんですけど」