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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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そして、現在の派遣会社から5つの派遣先で勤務した1年数か月の間、男性との交友関係は一切なかった。

「なるほどな。前の会社での最後の恋愛で酷い目に遭って、それがトラウマになって、今では恋愛ができなくなってしまっている、ということか」
「そうです。それともうひとつ、最初の資料にも書かれていた“わらしべ長者”」

当初、スズキが興味を惹かれたそれは、文字通りのものだった。
涼子の男性遍歴を調べていくうちに、男をどんどん乗り換える様をわらしべ長者に例えたのだろうと理解していたが、それは間違いだった。
転職後の涼子はまず、ミサンガを派遣先の社員のブレスレットと交換していた。次の派遣先にて、ブレスレットをアンクレットに交換した。その次の派遣先ではピアス、その次はネックレス、と物々交換を続け、現在のSOSカプセルに至っている。
文字通りの、単なる物々交換だった。

「おそらく、転職先では今までの恋愛の傷を癒すために、こういう物々交換みたいな趣味に没頭しているんだと思います。この趣味って、なんとなく男をとっかえひっかえするような雰囲気も残ってますし」

「なるほどな…… まぁ、筋が通っているように聞こえなくもないが」
アイダはどう答えようか少し悩む。
「でも、その考えは、間違いだろうな」
「え? どうしてですか?」
スズキは不満げに問い返す。
「今お勤めされている会社でのご様子だと、きみが言うような恋愛に対する恐怖感を持っているとは思えない」

「…… あっ! そうだ、聞きそびれていたんですけど」
数日前、スズキはアイダと共に涼子の職場の様子を盗聴しながら、どうやって盗聴器を仕掛けたのか気になっていた。職場へは一度も行っていないし、涼子とも一切接触していないはずなのだが。

「あらかじめ職場のほうに仕掛けておいたとか、佐野様ご本人に仕掛けたという訳ではないよ。仕掛けたのは、盗聴器を仕掛けたのはこいつに、だよ」
アイダはそう言って、一枚の写真をスズキに見せる。色黒の坊主頭。
「…… これは、お客様の隣の席の、河合直哉とかいう男ですよね。たしか奥さんはフィリピン人で」
「そう。奥さんはフィリピンパブで働いてる。そこで、ウチの恐喝班員に動いてもらったんだ。パンチパーマで顔にキズのある男だよ」
アイダは、人差し指を自分の頬にあてて、一直線になぞった。
「彼は“奥さんの店の関係者だ”と名乗って、河合にこれを預かっておくよう頼んだ」
アイダは両手に納まるほどの箱をスズキに渡す。見た目と違って、ずしりと重い。
「これって、まさか…… ピストル」
「滅多なこというものじゃない。ウチは犯罪組織じゃないんだから。それは、ただの鉛の箱だよ…… まぁ、盗聴器が仕込んであるけど」
アイダは、にやりと笑った。
「奥さんの勤め先のオーナーは実際そのスジの連中だし、“大して脅す必要もなかった”と報告を受けているよ。“これを肌身離さず持ってろ、関わりたくないなら中身は絶対見るな、誰にも言うな、奥さんにもだ、一週間だけでいい”と言ったら、河合もすぐに承諾したらしい」
「一週間だけっていうことは、もう回収したんですね。それが、これですか」
「そう。佐野様のお勤め先の状況はもう、大体把握したからな。誰も傷つけず終了さ」

河合は傷ついているかもしれないだろうに、とスズキは思った。

「話を戻そう。職場の状況から気付いたことはないか?」
「えーと、お客様のそばには、秋元浩二というチームリーダー配下に、この河合と、畠田麻子という30代の女性と、小野寺比呂幸というサブリーダーがいますね」
「そうだな。他には?」
「…… いや、特には。SOSカプセルのことを、畠田が気にしてましたけど」
「まず、初日の自己紹介のときだ。佐野様は、彼らにどんな挨拶をしていた?」
「いや、ふつうに、“佐野です。よろしくお願いします”、みたいな」
「小野寺に対してだけ、“佐野、涼子です。よろしくお願いします”と挨拶なさっていたことに気付かなかったか」

アイダの眼光が輝きだしたように感じて、スズキには彼がベテラン刑事のように見えてくる。

「気付きませんでした。でも、それがなにか?」
「小野寺に対してだけ態度を変えている。少なからず好意がある、と見てもいいんじゃないか?」
「そういうものですかね …… 小野寺はサブリーダーだから、男としてじゃなくて権威的なもので態度を変えたのかもしれないし」
「であれば、佐々木部長やチームリーダーの秋元に対しても、同様の態度で臨むだろう。だが、わざわざフルネームで名乗ったのは小野寺に対してだけだ。昨日と一昨日もわたしは独りで職場の聴取を続けていたんだが、小野寺という男は、女性社員からよく声をかけられているようだった。女性に人気のあるタイプなのかもしれないしな」

昨日、一昨日の2日間はスズキとアイダは別行動をしていた。ひと通り作業手順を憶えたスズキに、単独行動で任せても問題ないだろうというアイダの判断によるものだ。

「さらに、これも昨日の聴取で分かったのだが、おそらく、お客様の職場に、あの新藤八重子がいるはずだ」
「えっ! 本当ですか」

新藤八重子は、佐野涼子の前職の同僚だった。
そして、涼子が転職するきっかけにもなった人傷沙汰を引き起こした張本人である。

当時、次々と恋人を乗り換えてきた涼子は、本人も知らないうちに八重子の恋人を奪っていた。ある日、それを知った八重子が職場で暴れだし、即日解雇処分となった。八重子の捨て台詞は“このままで済むと思うなよ”だったという。
その後、涼子も後を追うように退職したのだ。

「お客様は、新藤八重子が振り回したハサミで、腕に縫うほどの傷を負わされたんですよね。 …… それから、二人ともそれぞれ派遣社員になって、1年半を経て再会したというわけですか。こんな偶然があるなんて」

スズキは数日前、この八重子の存在から、ふと思いついたことがあった。
八重子をうまく利用して、涼子に対して“生命を脅かす危険(危機一髪助かる、という前提のもと)”を演出できないものか。これなら間違いなく幸福レベル3である。この案件も一発完了だ。アイダに対して自分が“使える男”だというアピールにもなる…… 
だが、もはや両者に接点がない現状ではそれは妄想に過ぎないと判断していた。
しかし、今、再び接点ができた。

スズキは、自分の考えをアイダに伝えた。
「悪くないかもしれないな。どちらにせよ、来週明けは現場に潜入することになる」
アイダが自分の意見を本心で肯定してくれているのかどうか、アイダの表情から窺い知ることはできなかった。

「現場に潜入って、お客様の職場に潜入するってことですか?」
「それ以外、なにがあるっていうんだ?」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



涼子がこの職場に来て、一週間が過ぎた。

新藤八重子が同じフロアにいる …… それだけで、涼子は息が詰まる思いだった、

席に着き、3つ先の島にいる八重子の姿が確認できているときだけが、唯一の安堵できる時間帯だった。その時間帯だけは、彼女から襲われることはありえない。