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ラッキーストーン請負業者 ~ ケース① 派遣社員・涼子 ~

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「佐野です。よろしくお願いします」
どうでもいい男なので適当に返事した。もちろんフルネームでも名乗らない。涼子は、気に入った男性に挨拶するときはフルネームで名乗ることにしている。
「分からないことはなんでも聞いてね。向かい席の2人は今打ち合わせ中だけど、もうすぐ戻ってくるよ。ひとりは佐野さんと同い年ぐらいの女性で、もう一人はオレと同期。ウチのチームのサブリーダーなんだけどね」
河合のこなれた喋りに、毎回この席に来るコに同じような説明をしているのだろうな、と感じながら適当に相槌を打つ。手は休めずにデスクの整理を続けていた。

だいぶ自分らしくなってきたデスク上に、涼子は懐から取り出した“宝物”を置く。河合に見つかるといろいろとちょっかい出されそうなので、彼の死角に置いた。
「どうも、はじめまして!」
明るい声の主は、はす向かいの席のサブリーダーの男だ。名前は小野寺。坊主頭で端正な顔立ち。指輪はない。
「畠田です。よろしくお願いします」
畠田と名乗った女性は、長身でスレンダーな体型にストレートの黒髪と、まさにクールビューティーといったいでたちで、涼子を少し緊張させた。3か月とはいっても、女性同士は仲良くしておかないと居心地が悪くなる、と彼女は考えている。

畠田の視線が、涼子の“宝物”に留まる。気付いた涼子は口元に微かな笑みを作ったが、畠田はそれに気付かなかったようだ。
「じゃあ、午前中はのんびり環境設定でもしていただいて。午後一からちょっと打ち合わせしましょうかね。申し訳ないんですけど、これから定例会議なんで、またすぐ離席しちゃいます」
小野寺はそう言ってから、畠田、河合と共に席を離れる。

プロパー全員での会議なのだろう。周りのほとんどの者が離席し、50席ほどのオフィスに残っているのは10人以下。その全員が自分と同じ派遣社員であろうことは、今日が初出勤の涼子でもすぐに把握できた。
周囲に誰もいなくなったことで緊張が緩み、涼子は大きく深呼吸した。できればこの職場を最後にしたい、彼女はそう決意する。
今の自分に決別する、“宝物”を凝視しながらことさら強く念じる。

ふと、視線を感じた。
島3つ離れた席にいたのは …… 八重子だ。

八重子はすぐに目を反らした。髪の色も長さも変わっていたが、涼子にはそれが彼女だとすぐに分かった。
その後もしばらくの間、涼子の心臓は早鐘を打ち続けていた。

よりによって、あの八重子と同じ職場になるなんて! こんな幸運の石まで買ったというのに、どうしてこんなひどい偶然が起こるの?
平静を保つよう、涼子は画面上のインストール進行状況を示すプログレスバーを凝視し続けた。





社員食堂は南国のリゾート地を意識したデザインであり、それは数年前の改築時に女性社員たちの提案によるものだ、と涼子は聞いた。天窓から日光が降り注ぐ二人掛けの席に、涼子と畠田は腰かける。

「畠田さんは、おいくつなんですか? わたしは今年で26なんですけど」
サラダにドレッシングをかけながら、涼子はさりげなく尋ねる。
「わたしは29」
答えた後、畠田は微かに笑みを浮かべた。
「…… なんて、来月で30だけどね」
失礼と誤解されないよう注意を払いながら、涼子も軽く笑みを返す。
「でも、実際そんなに変わらないのかなぁと思います。あたし、26になったときちょっとショックでしたけど。もうキャピキャピしてられないのかなぁって思いましたもん」
自分と同じようにサラダにドレッシングのかける畠田の指先が、涼子の眼にはとても優雅に映った。はたから見たら大人と子供のように見えてしまうのではないか、と同じランチセットを頼んでしまったことを後悔した。

「そういえば、佐野さんのデスクに置いてあったあれって…… SOSカプセルだよね?」
「はい、そうです。特注なんですよ。プラチナ製なんです」
「ああいうのって、登山とか旅行するときに持つものだと思うけど」
「そうですね。でも、まぁ、お守り、みたいなものです」
涼子は慎重に言葉を選びながら答える。
「彼氏からのプレゼント?」
「いえいえ! 違いますよ」
そう答えながら、涼子の脳裏にさきほどの八重子の顔がよぎった…… 気持ちの翳りを悟られぬよう、ことさら笑顔になる。
「あれは友達からもらったんです。あたし今、彼氏いませんから」
「あら、そうなんだ」
畠田は、とくに興味のない様子だった。
「畠田さんこそ、素敵な彼氏がいそう。だってすごい綺麗だし!」

「おーい、ランチいっしょに食べようよ」
少し離れた席から同じチームの男性陣が声をかけてきた。

涼子はジャケットの胸ポケットに閉まったパーフェクト・ラッキー・ストーンを、服の上からぽんぽんと叩いた。…… この職場で幸あらんことを、などということはもはや望んでいなかった。この職場で無事3カ月過ごせればそれでいい、という考え方に変わっていた。

八重子の残像が、頭から離れない。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



アイダとスズキは予定時間通りに、初日と同じく地下の会議室に集まっていた。

「どうだ、今日までやってきて。感触は掴めてきた、というところかな?」

あれから一週間が経つ。スズキにとってこの一週間は、スリリングな体験の連続だった。クライアントである佐野涼子の調査と称して、不法侵入、盗聴、さらには身分を騙ったうえでの身辺調査などの作業手順を教わった。若いスズキは、こういった反社会的活動に手を染めることに、少なからず優越感を覚えた。だが、探偵ごっこをしている子供のような高揚感もあった半面、少なからず畏怖の念も覚えていた。彼女の部屋へ忍び込む時は“ピッキング班”と同行し、自宅のPCを調べるときは“ハッキング班”が同行した。この会社にはいろいろなスペシャリストが存在する。他には“恐喝班”、“誘拐班”などもあるらしい。

これなら本当になんでもできてしまうな、スズキは身震いする。
この会社にかかれば、人ひとりの幸せぐらい簡単に制御できてしまうだろう。

「そろそろ始めるか」
アイダの言葉に、スズキは身が引き締まる思いがした。とにかく、今はこの仕事に全力を注いでいくしかない、そう真摯に思っていた。

「まずは …… この一週間の調査結果で、佐野様に対してどういう印象を抱いたか、訊かせてもらおうか」
「はい。恋多き女性、というのが第一印象です」

涼子の男性遍歴を調べるのは、意外と簡単だった。現在の派遣会社で務める以前に在籍していた会社では、彼女はちょっとした有名人だった。
その会社に在籍していた3年間で、交際した男性の数は、職場内外問わず30人を超えていた。
交際期間も最長で3カ月、月初を迎えるごとに恋人を替えている期間もあった。職場での評判は非常に乏しく、“誰とでも寝る女”、“公衆便所”、“月次オンナ”などと陰口を叩かれていた。

「あと、このお客様は、恋愛に対してトラウマがあると思われます」
「どうして?」
「アイダもご存じのとおり、お客様は、今の会社で勤めだしてからここ1年半ほど、まったく恋愛をしていないですからね」

涼子は以前の職場を辞める直前、人傷沙汰を起こしていた。