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LOVE FOOL・前編

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折り重なる男達の脇をひきずった足で通り過ぎ、呼吸を整えるヴィヴィアンの背後から意外な人物の声がかけられた。

「ヴィヴィアンヴァルツ!?…無事だったのね!倒したのね!?」
 落下の衝撃で傷めた脚を庇いながらではあったが、回復の符紋を自らの血で傷の上に描き幾分顔色の良くなった女魔術師は、泣き腫らし化粧の剥げた顔を近づけた。

「…生きていたのか」
「ええ…この子のおかげで…」
 数回瞬きを繰り返し、自然と浮かんだヴィヴィアンの微笑みに迂闊にも頬が赤らむ。
彼女は自分の場違いな表情を伏せ、豊満な胸の中で安らかに眠る少年の髪を撫でた。
 従属は最期まで主の身体と命を守り通したのだ。
落ちる時も自らを下敷きにして彼女を救った。
 彼の身体は赤く潰れ、細い四肢からは骨が皮膚を突き破っている。
痛々しい惨状であっても何故か表情は安らかで、まるで生きている様な錯覚さえ起こす。
「イシュタム…」
 女魔術師は彼の名を呼び、はらはらと外聞も無く大粒の涙を零した。
自分がこんな街に来なければ。
ヴィヴィアンを追いかけ、魔法陣を発動しなければ彼は死なずに済んだのだ。
激しい自責に何と声をかけて良いか判らない。
 目の前で彼女は亡骸を強く抱き締め、血で汚れる事も厭わず顔を埋めた。
「…」
 しおらしく彼の死に顔を眺めていると、ふいにイシュタムの瞼が動いた気がしてヴィヴィアンは息を呑む。
瞳を擦るもそれは錯覚などでは無かった。

「お…おい!?」
 身体の状態はとても生きている風には見えないのだが。

確かに彼は動いている。
 それも、ごく平然と。
慄くヴィヴィアンを余所に少年は主の胸の中で寝がえり、何事も無かったかの様に大きな欠伸を噛み零す。
驚愕に言葉を失う二人の間でイシュタムは両手を挙げ、背筋を伸ばした。

「うにゃー!」
「きぁああああああ――――っ!?」
「ああああアンデッド!?」
 痛みを忘れて身構えるヴィヴィアンと、唯々青ざめ叫ぶ主とを見比べ自分が彼女に抱きすくめられていると解るなり彼は照れながら身を剥がす。
 イシュタムは妙に慣れた手つきでボキボキと折れた骨を体内に収めた。

 両手を重ね合わせ幽霊でも見た顔の二人に向かってあっと声を上げ、尻の砂を払う。
「違いますよ〜生きてますよ〜。僕はご主人達人間より少しだけ命の数が多いんです」
 さらりと聞き逃せない重大な秘密を笑顔で告げ、彼は屈託無い眼差しで自分の10本指をじっと見る。
それから思い出す様に何かを数え、「まだ大丈夫です!」と破顔した。
「ご主人は命が一個しかないから、死ななくて良かったです!」
「…そういう事は初めに言いなさいよ…この、バカ」
 いつもの軽い笑顔に、主の方は力が抜け強気な言葉が出てこない。
地面にペタリと座り込んで安堵の溜息を深く吐き出し、せめてもの腹いせに彼のシャツで
ハナをかむ。

「でも…ありがとう、身を呈してくれたのね」
 落ち着きを取り戻した彼女はまだ潤みの残る目尻を拭い、改めて彼を抱きしめる。
礼を述べるとは恥ずかしそうに身をくねらせ首を横にふった。
自分を庇って命を消費した得体のしれない少年、命にストックがある種族を彼女は知らない。
 彼女だけでは無い、ヴィヴィアンですら知り得ない。
彼は自分の身の上を決して話そうとはしなかったし、彼女も強く問いただした事はなかった。
 何者だろうと構わなかったから。

 自分は主であり彼はその従属、それだけで良いではないか。
2人の強い信頼関係に蚊帳の外だったヴィヴィアンは心配損をした気分で独り背を向けた。
 藍色の空を見上げれば、連なる峰の奥から陽の光がじりじりと昇り始める。
もう満月は見えない。
最悪な長い夜だったと汗でべたつく額に手を翳した。
「完治までは出来ないけれど、王国なら医者か専属の術師がいるわ」
 一度は中断されたヴィヴィアンの治癒を再開し、彼女は絹糸の様な白色の光を紡ぐ。
鬱血し始めた傷口に注がれると皮膚の内側がぼんやりと光った。
まるで自分が光虫にでもなった様だと唇を曲げる。
「そうだな。化け物退治の報酬を受け取りに行かなきゃ割に合わない」
 何があってもただでは起きない。
恵まれている割には妙に現金。
主と従属は肩を竦ませ、苦笑いを重ねた。

 見た目に傷の様相は変わらないが、内臓への負担は軽い。
冷えきった手をわきわきと動かし、痛みの和らいだ身体を起こした。
王国への道のりは酒場で見た地図を記憶している。
あとは手段だ。
 ヴィヴィアンは顎に指をかけ、女魔術師と従属を交互に見下す。
「で、どっちが移動魔法を使うんだ?」
「な…何よ、自分で飛ばない気!?」
「俺はとても疲れた。さっさと運べ」
痛みが半減したとたん、元の横柄で高慢なヴィヴイアンヴァルツに女は眉を吊り上げた。
少しでも親切にした自分が馬鹿だった!
きりきりと袖を噛み、悔しげに地団駄を踏む彼女をイシュタムが背中をさすり宥める。
 心身焦燥し、時々ケンカとコントを繰り返しながら。
3人が街の領主である王国に向かう同時刻。

* * *


 夜明けまではあと少し。

 薄い闇夜のカーテンから、太陽がそっと手を伸ばす虚ろな時間。
無人になった監視塔の許では意識を取り戻した住民達が長い夢を見ていた様な面持ちで、それぞれが自らの帰路につく頃。
彼らと方向を逆にして、仄暗い十字路の真ん中に見慣れぬ長身の男が立っていた。
 何時から。
何処から来たのか解らない。
 艶のある漆黒を頭の高い位置で結い上げても尚、脚にまで届くほどの長い髪。
性別の不確かなデザインをした黒いシャツドレスは男を更に細く不気味に演出する。
 瞳と唇は血を塗った様に滴る反面、全く血気のない土色の肌が黄昏に暴かれた。
男は影の中から一歩を踏み出す。

「…契約者は居ないが代償の魂は此処にある、か」
 にやにやと厭らしく口元を湾曲させ、編み上げた真紅のブーツの踵を地に打ち付けると
磨いた岩石を並べた道路がじわりと沈む。
 場所には意味がある。
天才的魔術師であれば、彼の立つ場所こそが魔法陣の中心であると気がついただろう。
街の住民全てを生贄に「彼」を呼び寄せた彼女の願いが何であったのか今はもう知る術がないが。

 彼は聞き入れた。
召喚に応じた。
彼女の魂から叫ぶ「憎悪」に「破壊」を約束した。
 町に集めた人間を丸ごと代償として差し出す熱意と、魔法陣の中にあの「男」が居たという偶然に。
 懐かしい淀んだ瘴気と麗人の芳香に浸り、上機嫌に歌までが零れる。
はしゃいだ爪先で近くの小石を蹴り、荷台の車輪に身を隠す猫を脅かすと思い出した様に
男は握っていた肉色の塊を目の高さまで持ち上げた。
「おっと忘れてた。今楽にしてやるよ」
 光に祝福されない同胞の心臓は彼の掌で弱々しく鼓動を続け、怯えを見せる。
臓器の一つである心臓が感情を持つのはあり得ないが、彼らは人では無かったし
まして本体から抉り取った訳でも無い。

肉体が溶け落ち「心臓だけ」に変わり果てたのだ。
 酷薄に嗤う紅瞳に射抜かれると肉塊は一度だけ強く痙攣し、男の手の内で断末魔の叫びを上げながらぐずぐずと腐敗し始める。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨