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LOVE FOOL・前編

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考えるよりもずっと先に、足が動いていた。

==

『アストライアっ!!』
叫びに似た、そんな声で名を呼ばれた気がする。

揺らめく水面の表から乱暴に引き上げられる飛沫と、掴まれた手に光る透明な輝き。

眼を開いていない筈なのに不思議と判る。
それは指輪の感触。




―。
――…。


(―?――…ここは?)
スプリングの効いたマットレスと洗い立てのシーツが背中越しに浮上した意識をもう一度眠りへと誘う。

誂えた様な高さの枕と、柔らかな羽根のブランケット。
どこかのベッドの上だという事は把握出来た。しかし気を失った夜からの記憶が無い。
クロエに呪いをかけた男を知る「魔女」と戦って、そしてー、もう一人。
あれは、と思い返し首を振る。
暗闇ではっきりとした姿を見た訳ではないし、何よりあれほどの力を。なくとも「今」は。
無い筈だった。
腕に力を込めればまだ痛みを引き摺る、痺れた様な雷撃のダメージに数回掌の開閉を繰り返す。

壁に一つ灯された蝋燭の緩やかな光に眼を慣らしながらゆっくりと瞼を開け、半身を起こしながら
高級そうな壁画が描かれた天井、それからぐるりと見回せば隣室のドア下から灯と声が漏れていた。


++
「聞いたわよ、ヴィヴィアンヴァルツ。街の人まで傷つけるなんて酷いじゃないの!」

「お前が治せばいいだろ、それしか能がないんだから」
「きー!!なんて腹立たしいのかしら!」
窓辺のカウチにふてぶてしく躰を預ける声の主は、何故か部屋に居座っているティターニアに顔を背けたまま言い放つ。
リビングの中央に細長く伸びたテーブルと真っ白なクロスの上に手つかずの宮廷料理が湯気を
上げ、氷の張られた樽に酒がずらりと冷やされていた。

壁をくり抜いた形状のアルコーヴベッド。
家具はアンティーク、入浴好きな彼の為にと特別に設置した広い浴室。
何一つ文句の無いスイートルームは全て、一件の功績を讃え偉大な魔術師ヴィヴィアンヴァルツへ。

住民と楽しく国を上げての夜会を楽しむと思っていたアステリオスが、部屋に籠ったヴィヴィアンの為に
運ばせた品々だ。
というのも、現時点ラモナは国を上げての盛大な祝宴の真っ最中であった。
辛うじて外壁を残した城は用途を成さず。
故に街並みを華と蝋燭で飾ってのお祭騒ぎは宮廷の料理と酒が至る処に広げられ、
大通り一帯が盛大な屋台とビッフェになっている。
ストリートで踊る者や、自慢の芸を披露する者。
城の人間も街の住民も、今宵ばかりは境を忘れ自由にグラスを交わし合う。
気難しい魔術師に要求された「豪華なもてなし」を新国王と王子は守ったのだ。

奪われた命はとても大きい。
けれど残された兄弟が互いに手を取り、前を向いて行ける様に。二人の背中を押す意味も込め。

イシュタムとアステリオスは焼き上がったタルトを頬張るのに余念が無く、数日ぶりに二人きりになった
セテウスとユースティティアはぎこちなく短い会話を繰り返していた。
「昔はいつもこうして話していたのに、妙な感じだ」
「…。」
愛想の無い言葉を重ねては黙り込むユースティティアの隣であからさまに溜息が漏れる。
けれど向ける表情から険悪は失せ、いずれ時が解決するだろう事を示す。

「俺は今でも王になんかなりたくない。でも「弟」を護る事が出来るのなら。もう少しの間だけ
身代わりになってもいいかな」
「陛下、その時は私が命に変えても…!」

「でもユースティティアは俺に勝てた事なかったよな?」
ふと呟く言葉に弾かれ騎士の誓いを見せる友へ、テセウスは悪戯っぽく微笑むと切り分けたタルト
を二人分抱えて駆けてくるアステリオスに手を伸ばした。




そんな中、ヴィヴィアンヴァルツは客亭の最上階部屋から顔を覗かすばかりで一向に外に出ようとはしなかった。
夜空に美しい花火が上がり、眩い点滅が降り注ぐ光景を物珍し気に眼を細めては深窓に引っ込む。
歌も踊りも、人々の幸せそうな笑い声も。自分の成した結末も。
彼にはなんの誘発剤にもならない。
やはり己以外興味が無いのか。

そうではない、と知る王達と騎士はちらりと部屋を窺う。


初めて見せた彼の動揺は相当な物だった。
人員を割いて漸く探し出したアストライアは緑薔薇の手で地下水路に沈められていたのだ。
戦闘で受けた傷も深く、ティターニアの治癒魔法が無ければ昏睡のままでもおかしくない程。
本人に言えば激しく否定するだろうが、心配なのだと誰の眼からもそう見える。
故に、外に行こうと誘いはしなかった。


―かちゃり。
「!」
控えめに扉を開けるも、言葉の途切れた沈黙の中では大きく響く。
物音に素早く此方をふり向く二人からの注目を浴び、アストライアは少しばつの悪い面で穏やかな
闇から慣れない瞳を眩しそうに手で遮った。

途端、いつもと変わらない高慢な魔法使いの声が投げ付けられる。

「どうした?アスト。ちょっと見ない間に不幸顔が増したな」
「あら、まだ寝ていなくてはいけませんわ!」
不安定な足運びで部屋に進み出ると、ティターニアが駆け寄ってきた。
「いや、もう…
大丈夫、と言いかけ呪いを制御する為のガントレッドが外れている事に眉寄せる。
一度、力を解放した時に砕けて使い物に成らなかったのだろう。
晒してあまり心地の良い傷痕では無い。
まして得体の知れない文様、他人に触れてどんな効果が現れるのかすらも判っていないのだ。
包帯だらけの躰に腕を引き寄せ、視界から隠す様に腕をもう一方で抱え込むと彼女は何も言わす
腕に伸ばした手を退く。
それから何かに気が付いた風な、小さな声を上げるとそそくさと部屋を出てしまった。
仄かに赤く変わった頬を眺め、アスト自身も上半身何も着て居なかったと気が付く。

「どうやら彼女にまで迷惑をかけたみたいだな」
壁に掛けられた部屋着を羽織りながら苦く微笑み、窓際に居るヴィヴィアンの正面に腰を下ろす。
魔法使いはソファーに深く身を預け、自分の目の前に座るアストをしげしげと爪先から眺め
鼻で嘲るとサイドテーブルに乗せられた空のグラスに水を注いだ。

「済まないが、何がどうなったのか説明してくれないか」
差し出されたグラスを自然に受け取り、街中から聞こえる歓喜の声に「終わったんだな」と
拳を向ける。
ヴィヴィアンに親切にされるとは、よほど同情されているのだろうか?
確かに今回は、何の役にも立たなかったわけだが。
常温の水を口に含み、考え込むと丸一日、何も喉に通していなかったのだと気が付いた。

「何も。お前が死にかけている間に俺が全て解決した。
薔薇の魔女とやらは牢屋に居る、話がしたいなら明日にでも行ってみるといい」

いつもと同じ不機嫌に。
理由も無く高飛車に。
ヴィヴィアンは城が攻撃されていた事や、薔薇と呼ばれる魔女。
黒い薔薇の効果を掻い摘んで説く。
そして今は自分の御蔭で円満解決したのだという自慢も、勿論忘れない。

「そうか」
アストライアはそれきり黙り込む。
いつもなら即座に挟む憎まれ口が今は無い。
全て言い終え、それでも静止した会話を持て余したヴィヴィアンは徐にアストの膝上に素足を置く。
「―で。どうやって俺の場所が判った?」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨