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LOVE FOOL・前編

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頭では解っていても、構うものかと煽る対照的な真意。

煙管を咥え直す緑薔薇は得体の知れない業火と睨み合う。途端、真横に走る淡い蒼紫の球体が
剣士の手を弾いた。
「っつ!?」
纏う炎を裂き、触れただけで神経に伝わる痛みはアストの自我を呼び覚ますのに十分。
剥がれ落ちたガントレッドの封印紋を拾い上げ、腕に押し当てる。
テセウスだろうか?
だとしたら、「また」無関係な者を巻き添えにしてしまう処だった。

何者か、と二人が顔を出口に向けると第三者の人影が掌に小さな灯を乗せたまま此方に
ゆっくりと歩み寄る。対し緑薔薇が深い安堵の息をついた。
「アンタが茨姫って訳?黒薔薇の奴、余計な事を…と言いたいけど今回ばかりは助かった」

「面倒臭いな…」
(うん?)
どこかで聞いたフレーズだ、と気だるく呟くその声に復讐に取り憑かれたアストライアの表情が
人間らしさを取り戻す。
この女の味方であれば己の敵。―にも関わらず、人物の放つ怠惰な雰囲気は何だろう?
顔の見えない術師は、黙したまま球体を宙に放る。
細い指の仕草は優雅で、およそ攻撃魔法を発動したとは思えない。
「何?」
訝しむアストを冷ややかに見下し、弾いた球体は矢の様な速さで飛びかかり数歩手前で六角形に
姿を変え多方向に複製された。
闇の中、美しく浮かんだ青白い稲妻は文様を正確に造り出す。
通路一面に広がった初めて目にする術式に、遅れて剣を構え直すが、雷。電撃。
背後からも共鳴する明るさにはっ、と背後を振り返り、その特性に気付いた時にはもう遅い。

先刻投げられた球体は消える事なく空中に留まっていた。
否、それはもう「点」では無い。
迫る壁がもう一枚、目の前と寸分違わぬ姿で後方を塞ぐ。
構築された壁の点と点は直線に結ばれ眩い光を放つ。
淡い紫と藍の白光は増殖し、空間そのものが蜂の巣を連想させる。
避ける事など不可能だ。
高らかに勝利を確信する女を睨み、口元を結ぶ。
「詰めが甘いねえ、アストライア。さっさと私を殺しておけばよかったのに」

巨大な巣に囚われた獲物は四肢と躰を幾重にも貫かれ、電流の通った装飾が焼け焦げた。
煙と苦痛の声を上げ、地面に崩れ落ちたアストの目の前に見覚えのある銀髪が一瞬、闇に暴かれる
が。沸いた疑問は額に押し当てられた緑薔薇の靴底と、向けられた銃口に呑まれ掻き消えた。




―朝。
空は快晴だと云うのに地上は相変わらず漆黒の華が街並みを彩る。
ラモナは新緑の街だった筈なのに、いつからこんなモノトーンの外観に変わったのだろうか。
結局眠る事の出来なかったユースティティアは独りぼんやりと外を眺め、そんな事を考えていた。

広い食卓で他愛無く話すテセウスとの記憶も遠い過去の様。
今にして思えば、城の者もユースティティアの両親も素性を知った上、いつか王子として城に戻る事を思い
この家に住まわせていたのかもしれない。
知らなかったのは自分と当人だけだったのだ。

早朝の内に城に戻りアステリオス王子の事を伝えるべきだと腰を浮かすと、見張っていたかのタイミングで
小さな躰が部屋の中に転がり出た。
王子よりも幾分幼い。小動物を思わせる動きは白魔法使いの従者、イシュタムだ。

窓際から顔だけを向けると、少年は鼻歌交じりに満面の笑顔で湯気の上がる皿をテーブルに運ぶ。
原材料の判り兼ねるグロテスクな物体を次々に並べ、言葉を失う青年に笑んで見せた。
「御主人の手料理です〜。
見た目は最凶最悪ですが、味は普通なので食べられなくもないのです!」

「お黙りなさい、イシュタム。
おほほほ!どうぞ召し上がれ」
次いでテーブルに料理を運ぶティターニアが従者を爪先で蹴り上げ、取繕った笑いを発す。
見た目は全て同じ物にしか見えないフルコースを人数分用意した後、一人頷く健気な魔法使いに
ユースティティアは頭を下げた。
「有難う御座います」
グラスだけでも運ぼうと水差しに手を伸ばすと高い躰が彼女から太陽を遮る。
翳りのある横顔にどこかホワンと魅入られた風なティターニアのマントの端をイシュタムが強く引く。
彼は従者だが、世間知らずな主の御目付役でもあったのだ。

「わーい!「家庭の味」ってやつだねっ」
「何だこれは。どう調理したら食材を有毒物質の様に変化させられるんだ!?」
沈んだ表情に何か言葉をかけようと開いた口を慌てて覆う。
明るく席に付くアステリオスとは対照的にヴィヴィアンヴァルツは腕を組み、瞳を見開いて叫ぶ。
浮かびかけたロマンスは犬猿の二人に一蹴された。
内心、胸を撫で下ろすイシュタムは自分も素早く椅子を引く。
「出たわね、ヴィヴィアンヴァルツ。嫌なら食べなくて結構よ!」

「当然だ、そんな生ゴミ、口にどころか視界にすら入れたくない。
恥ずかし気も無く「料理」だとよくも云えたものだな、図太いにも程があるぞ」
きっぱりと言い捨てる。

食卓の戸口から一歩も進もうとしないヴィヴィアンは、そのままくるりと踵を返した。
「そうですよね、騎士さんが心配ですものね、本当は食事なんかしてる場合じゃない…」
「ち、違う!!」
心中を勝手に察すアステリオスに顔を赤らめ憤慨す。
荒く扉を叩きつけ退出する、嵐の去った風な一同の耳に、バスルームのコックを捻る音が聞こえて来た。
食事をしている間、自分は入浴して過ごすと決めたらしい。
嫌なものは徹底的に拒否する姿勢はどんな時も揺るぎない。

「ヴィヴィアンヴァルツは本当にお風呂大好きなのですね〜」
「ふやけてしまえば良いのだわ!」

彼女の料理を食べ慣れている従者は平然と物体を口に運び、浴槽のある方向に首を向く。
調理する処を見ていれば大体の見当がつく。
けれど突然目の前に並べられれば、やはり何の料理か解らないに違いない。
怒りの収まりきらないティターニアは乱暴にテーブルに付くが、自ら作った食事に視線を下ろす。
改めて見直せば、確かに少し店で見た姿とは違っていた。
おかしい。同じ方法で、同じ材料を使っているのに何故?
吐かれた暴言が今頃利き目を示す。

「そんなに酷いかしら」
「ええと、…とても…斬新で、革命的かと!」
口ごもりながらも、何とか褒めようと言葉を探す王子に騎士は思わずごほりと咳込んだ。

++

目覚めに入った浴槽から上がり、身支度を整えたヴィヴィアンヴァルツが再び食堂を訪れてもユースティティアと
アステリオスの二人はまだテーブルに着いていた。
姿の見えないもう一方を探し廊下へ半歩後退すれば、少し離れたキッチンから甲高い声と僕の
間延びした悲鳴が漏れてくる。
常に行動を共にしていながら、お互い憎まれ口を言い合う関係は理解しがたい。
今もきっと下らない事で喧嘩をしているのだろう、別行動を取れば良いのに。
自分ならきっとそうする。

ふん、と軽く鼻で嘲り、振り返るとこちらに気が付いたユースティティアが顔を上げていた。
空になったカップを両手に挟み口を重く閉ざしていた騎士は、魔法使い急かす様な視線を受け
主へ促す。
「王子、もう行かないと」
本当ならこれから戦いになるかも知れない場所に連れて行きたくは無い。
けれどこの国の住人は王族の言葉にしか従わない。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨