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LOVE FOOL・前編

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本来なら彼等を守るべき自身に、その能力が足りないと自ら告白している様なもの。
騎士が苦し気に言葉を紡ぐと、彼女の背中に隠れる姿勢で聞いていたイシュタムがびくりと耳を動かし
顔を覗かす。
「申し訳ないけれど…蘇生は一度きり。それから生前にイシュタムと魂の交換をした者でないと
不可能なのよ」
ティターニアは薄く眉を寄せ、不安な面持ちで窺う従僕の頭を撫でながら応えた。
彼女もまた、自身の力不足に憂いているのだ。

一度きりなのも、条件があるのも断る口実。
「蘇生」は単にイシュタムの命を与えているだけに過ぎない。

「すみません、都合の良い事ばかり貴女に要求して」
どこか非難の籠った眼差しにユースティティアは立ち上がり、慌てて頭を下げた。
「い、良いのよ!」
着込んでいた重い甲冑を脱ぎ、薄手のシャツ一枚でいる異性の姿は彼女にとっては見慣れない
光景なのだが、青年は気が付かない。
今にも足許に跪きそうなユースティティアから飛び退くと、小柄なイシュタムを抱き上げ間に挟む。

「きっと大丈夫。ヴィヴィアンヴァルツが居るもの」

「確かに呪いを解きに来たとなれば呪術師に警戒され狙われる、けれど犯人として国に連れて帰れば相手も油断するでしょう。
決して私には考えも付かない。王子の傍に貴女が居て良かった」
聡明な善き魔法使い。
そう認識したのか恭しく一礼をして見せる騎士にますます頬を赤らませ、魔女は抱える腕に力を込めた。
(本当はそんなに深く考えていなかったのだけれど…)
自分がヴィヴィアンヴァルツに「助けて」と言っても断られるのは必至。
「犯人」だと言い広め無理やり事件に巻き込んだだけであったのだが。
「おほほほ!」
ティターニアは高笑いで誤魔化すと一人、真意を知る冷ややかなイシュタムの両眼を掌で覆い隠した。



城からの脱走者含む一同に街の宿は使えない。
此処はユースティティアの私邸。
安易だとは誰しもが思ったが今回は苦渋の決断―。
天才魔術師からの絶対的な要求。快適な睡眠と入浴の為だ。

長い間無人のこの館は時折、休暇に戻るだけで殆ど使われる事が無いのだが、
幸いにも生活出来うる環境は生きていた。

「〜〜〜♪」
時折、ぱしゃりと飛沫が上がり、鼻歌までもが零れる。
仄かに色着く白磁の浴槽で長旅の疲れと汚れを心ゆくまで洗い流すヴィヴィアンヴァルツは
濡れて艶めく銀髪を頭上に纏め再び湯にぶくりと沈んだ。

アロマオイルと石鹸の香が贅沢な一時を演出し、数時間前まで当たり散らした機嫌の悪さも
心地良い温度に溶ける。
決して広いとは言えない。
むしろ狭いくらいの浴室であったが、高いアーチ型の天井に描かれた絵画の金色の装飾品の
互いを上手く調和させた構造が会員制サロンの個室を思わせ、我儘な彼の機嫌をいたく回復させた。

四肢を宙に大きく伸ばし、ふと残り6つになった指輪に視線を注ぐ。
どれほど深く愛されようとも己以外に関心の無かったヴィヴィアンはどの石に何の精霊が宿るのかも
判っていない。
最近気が付いたのだが10ある指輪のうち、精霊の宿る物は決して指から外れず、傷も自動的に
修復される。ヴィヴィアンが引き抜こうとしても意思を持って爪先で頑なに留まるのだった。
ノーデンスの云う通り、適材適所はこれから重要な課題になるだろう。
「こんな面倒事、魔法が戻れば直ぐに解決出来るのに…」
長い時間を掛けて移動する事も、呪いも、自分自身の災難も全てがもどかしくて仕方が無いと
不満を零す。

自分の事だけを最優先にして、このまま逃げてしまおうか。
胸に浮かぶ思念は直ぐに、忌々しくも生意気な男の姿に打ち消された。

思い返せば常に彼の言動は全く理解出来ない物ばかりだ。

大した能力も持たず、自ら他人の面倒事に飛び込んできてはずけずけとした物言いで苛立たせる。
今件にしても、ラモナまで着いてくる必要は無かった。
一人犠牲になって城から他者を逃がす必要も無かったのだ。

「アイツ、今頃どうなっているかな」
自身も此方に劣らず厄介な呪いを被る一人である筈なのに、とヴィヴィアンは浴槽の縁に顔を傾け
虚ろに湯気の向こうを眺めた。
わだかまる気持ちのまま張った湯の温度が少し下がった頃、漸く身を起こす。

柔らかな洗い立てのローブに袖を通し、髪の滴を拭きなが鏡の前に立つと物影から様子を見に
小さな人影が映り込んだ
「朝になったら城に戻ります」
湯あがりのヴィヴィアンに気付いたアステリオスがおずおずと声を掛けに来たのだ。
最も冠の飾りが揺れる物音で、振り返らずとも王子と判る。
兄のテセウスと同じ色の瞳を申し訳なさそうに伏せ、少年は部屋の隅で云う。
「同行者が囚われたままだと聞きました。
兄に全て説明して解放して貰います、ですから今夜はゆっくり休んで下さい」

「俺は別に」
まるで心配しているみたいじゃないかと憤慨しかけ、振り返ったが魔術師は直ぐに顔を背ける。

両親を同時に失い、自らも死の呪いを受けた幼い次期国王。
無理に笑顔を向ける痛々しい姿にどう接するかが判らないのだ。
「こんな汚い部屋でゆっくり休めるものか。
明日の夜には全て片付けて、しっかりもてなして貰うからな!」
ふん!と横柄に鼻を鳴らし、腕を組む。
「え…」
暗い表情で慰めばかりを口にする側近や、城仕えの魔術師達からは掛けられた事の無い憮然とした
応えにアステリオスは戸惑い、瞬く。
自分はあと数十時間で死ぬかもしれないというのに。この云われようは何だろう。

(ああ、そうか)
王子は破顔し、強く頷く。
ヴィヴィアンの台詞には解呪と暗殺の解決、双方の意味が含まれ、彼等は初めから諦めを持って自分に接していたのだ。
それは優しさを装った冷淡さ。
「勿論、盛大に!」
「あまり騒がしいのはお断りだ。…っ、懐くなと云っている!!」
勢い良く腰に纏わりつくアステリオスを、またかとばかりに引き剥がす。
猫の様に背を摘まれるも王子はくすくすと笑いを引き、凝りた素振りは見せない。
「何が可笑しい!?」
「いいえ、ヴィヴィアンヴァルツはとても可愛らしい方だな〜と」
「可愛いって何だ!
俺様を褒めるなら「美々しい」とか「理知的な」とか「エレガント」とかだろっ、云い直せ!」
どちらが子供か判別のしようも無い会話を繰り返し、日が変わる。
「ちょっとヴィヴィアンヴァルツ?何を騒いで…」
「あ〜。楽しそうですね〜」
バスルームと寝室が連なる客間で一体何をしているのか。
何やら騒がしい声が大きくなったと、怪訝な表情で窺う三人の前で純白の羽根が舞い上がる。
ベッドの上では王子とヴィヴィアンが盛大に枕での殴り合いをしている最中であった。
「此処は辺境なので周囲に聞かれないとは思うのですが、あの、もう少し忍んで…」
ぐらりと立ちくらみを起こすティターニアの横で「自分もー」と、眼を輝かせ飛び込むイシュタムが間に入る。
こうなってしまっては収まり様が無い。
「…。」
ユースティティアは微苦笑を浮かべ、そっとドアを閉めた。

この夜、ヴィヴィアンヴァルツが安眠出来たのは定かではないが
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨