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LOVE FOOL・前編

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誰一人裏口に足を運ぶ、此方を気にかける者は居ない。
「馬鹿っ!そんな事したって俺は助けになんか戻らないからな!」
憎まれ口を叩きながらも後を追い掛けて行こうとする魔術師の細腰に腕を絡ませ、引き摺り出す様
ユースティティアは夜闇に溶けた。
背中越しから聞こえる人の躰がぶつかり合う物音に固く目を瞑り、腕から抜け出ようともがくヴィヴィアンを軽々連れ去る。
一見穏やかな物腰故に失念していたが、彼はこの国の騎士隊長を任されているほどの身。
本気で捕えられれば、何の鍛錬もしていない華奢な身体は逃れようもなく無力だ。
「離、せ!」
「今は従って下さい。アストライアは必ず救い出します」
彼の良く知るテセウスなら、疑惑だけで彼を裁く事はしないだろう。
だが今はその自信が無い。

顔を真っ赤に変え延々と怒鳴り続けるヴィヴィアンを肩に担ぎ、門を抜けた頃ユースティティアは城を見やる。
「!」

そして無意識に上げた視線の先にぎくりと吃驚し瞳を見開く。
別塔の最上階、私室の窓際からテセウスが冷ややかに逃げ去る友を見下ろしていた。

++

二人の後ろを遅れて続くティターニアとイシュタムは転がる風にひっそりと灯りの落ちた街中を駆け、
墓地を目指す。
あれほど多く集まっていた住民の姿が消えると、そこは童話にある茨の森を思わせた。
黒い薔薇に阻まれた十字架の影の許、地面を掘る音だけが規則的なリズムを奏でる。
勿論、ヴィヴィアンがそれを手伝う筈もなく。
無理やり連れ出された彼は墓標に腕を乗せ、一言も口を効かない。
身を傾けた横柄な態度で自身の髪を梳き、棺を暴く三人を見下ろす。

アストライアを置き去りにした事がそれほど気に入らなかったのだろうか?
ひそひそとイシュタムが主に訊ねた。
「まさかあの男に限って、そんな事…」
ちらりと視線を向け、ティターニアは即座に否定する。
「アステリオス王子を救い出せば彼も無事解放される。全て上手く行くわ」
不安そうな面持ちで主に寄り添う頭をくりくりと撫で、鈍金色のスコップを突き立て土を掻き出す。
その繰り返しを何時間続けただろう。

ユースティティアの主力があって、棺の中の少年は漸く月光を浴びた。
金色の髪は兄テセウスと同じく陽光か星の輝きに似て、閉ざされた瞼の奥もやはり同じ碧眼だと
想像がつく。安らかで、眠っている様に身を横たえ、命を奪われたというのに主だった外傷一つ見当たらない。
欠伸を噛み殺し、一人瞼を擦るヴィヴィアンがさほど興味も無いそぶりで盗み見る。
―死の魔法。呪術。
腹立たしいが、それはとても興味深い内容であったのだ。

体温の失せた頬に掌を当てこれから何が始まるのかと、ティターニアに目で訴えかける。
彼女は小さく頷いて見せると、イシュタムは徐に胸の上で組まれた王子の左手を解き、自身の手を
重ねた。
合わせ掌に指を絡ませ、ひと回り大きな手を握ると、心臓の上にぱたりと崩れ伏す。

「蘇生」の魔術というにはあまり大きな変化も無く、いとも自然に。
意識を無くしたイシュタムと入れ替わり、アステリオスが数回瞬き瞼を開けた。


「これは…!」

固唾を呑んで見守っていたユースティティアが声を上げる。
数分後に再びイシュタムも目を覚ますとティターニアは安堵した様に胸に手を当て、従僕を引き寄せた。

「…ユ-スティティア。と云う事は、蘇生は成功?」
「ええ、勿論ですわ」
少年。アステリオスがぎこちなく半身を起こすと、シャツの襟元を摘み胸元を覗き込んだ。
「でもこっちは失敗だ、一度死ねば呪いが解けると思ったのに…」
下腹部に残る傷痕を認め、悔し気に口を結ぶ。
斬り傷とも違う、火傷の様な丸い小さな傷痕からじくりと一筋の血が流れ出す。
これがラモナ国王の命を奪った「呪い」。
ティターニアもイシュタムも、解除出来ると思っていたらしく、肩を落とす。
これでは振り出しに戻っただけだ。

「ゴメンよ、ユースティティア。どうしても仇を取りたくて皆を騙した。
実際呪いを受けてみたら何か判ると思ったんだけどな」
「王子…」
事情が呑み込めない騎士に、悪戯っぽく笑みを向けた。
しかし、結局は無駄だった。
やはり自分はこのまま死ぬのか。

アステリオスは自身の棺と、一人だけ自分を墓穴の上から見下ろす人物に視線を一巡させ力なく
微笑む。屈託のない満面の笑みは兄と姿が似ているだけに、彼等の違いを強く印象付けた。

「それなら呪文魔法(スペル)じゃない」
「…え」
ふと頭上から降って来た専門用語にアステリオスは再び顔を上げた。
王子である自分に全く敬意を払わない。見慣れない麗貌の青年は失笑を浴びせ、こんな事も
解らないのか?という蔑みの態度で独り言を続ける。
「命の復活と共に発動も繰り返すなら物質的な能力「効果」だと判る。
取り除くには本体の破壊しかない。お前、傷を受けた時の状況を覚えているか?」

細く尖った月夜を背に、銀色の髪が靡く。
透明感のあるアメジスト色の瞳は温度を欠いて、黙視されれば呼吸が詰まるほど。

「もしや貴方が有名な魔術師、ヴィヴィアンヴァルツ!?ああ、何と云う噂に違わぬ美しさだ、
お待ちしておりました!」
先程までの真摯な次期国王の尊厳は失せ、黄色い声音でヴィヴィアンに抱きつくと悲鳴が上がる。
「な!?懐くな!触れるなっ!」

両手両足で捕捉する小さな身体を汚れた物でも見る様に摘み、冠に着いた一角の飾りを引く。
慌てたユースティティアが引き剥がすまで、ミーハーな王子は憧れの魔術師から離れようとしない。

「王子、いけません!はしたない行為はおやめ下さい!」
「こんな子だったのね…」
切り替わりのはっきりした第一王子の奇行にティターニアは首を傾げる。
頭を撫でられ幸せそうに笑むイシュタムを従え、魔女はこれからどう戦うかを考えた。

++
その「弾丸」を受けた者はきっかり24時間で死ぬという。

ラモナ王と王妃は度々隣国が開く舞踏会へ姿を現しては密に外交を築いていた。
愛する国民とようやく誕生した幼い王子が少しでも他国との争いに巻き込まれず平和であれと。
仲睦まじく手を取り、二人は夜会に訪れる。襲撃があったのはその帰り道だった。

内部から情報を得ていたのか、双方の城から離れた中間地点で手下を配置させ振り切る馬車の中に留まる二人を狙う。
姿を見せない暗殺者の銃撃は控えていたユースティティアが身を呈し、一命を取り留めたが国王は
まるで毒物が滲み渡る様にゆっくりと衰弱を始めた。
国中の医師や魔術師を集めたあらゆる治療法も効果は無く、軽傷であった王妃までもが同時刻に
息を引き取る。
如何なる治療も治癒魔法も受け付けず、一秒の誤差なく訪れる死の恐怖。
そして王子自らが実験台になった「蘇生」すら、呪いを白紙に戻す事は出来なかったのだ。

―つまり、アステリオス王子は今夜死ぬ。

椅子に深く腰掛けたユースティティアは組んだ両手を口許に当て、先刻から膝を揃えて大人しく座る正面の魔法使いに疲労の浮かぶ視線を向けた。

「王子を二度も死なせる事になるなんて…万が一の時は再び蘇生を。
それから国王、王妃も。報酬は幾らでも国が責任をもって支払います」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨