LOVE FOOL・前編
非力な二人組が見張りを倒して手に入れた風にはとても見えないが、武器を奪われた騎士と魔法使いとでは体格の差や性別は何のハンデにも成らないとも、十分に知っていた。
「一つだけ聞かせて貰う。俺の相棒に何の用だ?」
手際の良過ぎる二人の前にアストライアが割って入ると、ユースティティアもまたヴィヴィアンヴァルツを庇い後退する。
魔女はアストの口から出た「相棒」の言葉に首を傾げ、困惑していたが王国騎士の姿に安堵の溜息を洩らす。何かと喧嘩腰の見ず知らずの男より、品行方正な隊長の方が話せると思ったのか彼女は掌を
無抵抗の証に突き出して見せた。
「私達にはアステリオス王子の蘇生が出来る。王子はきっと犯人の顔を見ているでしょう。
けれど対抗するには腹立たしいけれど、この男が必要なの」
「王子の、蘇生…?」
「ええ、そうよ。私達なら可能。だから早く掘り起こして…」
―頂戴。
そう言いかけた時だ。
たどたどしく遅れて牢の中に駆け寄ってきた従僕が、ヴィヴィアンの投げ出された脚に躓く。
地面に頭から丸く回転した少年とそれを見ていた三人が「あっ」と上げた声には手遅れだ。
大人しく閉じていた瞼と整った長い睫毛が震える。
焦点の定まらないアメジストの瞳が虚ろに、自分を凝視する者達の顔一人一人に向けられ
それから身動きの取れない自身の体躯に視線を這わせた。
「お、お久しぶりね、ヴィヴィアンヴァルツ」
「何が久しぶり、だ。墓の前で逢っただろう」
「おほほほ!私の変装をよく見破ったわね!」
「…。」
とっさに口をついた他愛ない会話にも、ヴィヴィアンヴァルツの機嫌が緩和される事が無い。
むしろ、ふつふつと上昇している表情に誰もが「マズイ」と見開く。
ずしりと重い腕を片方ずつ持ち上げ、汚れた上着を見やり大きく息を吸い込んだ。
「うっがーーっ!!こんな城、跡形も無く破壊してやるー!!」
意識を取り戻した魔術師は指輪を翳し咆哮する。
石に秘められた精霊は彼の命ずるまま本当に城一つ崩壊しかねない。
事情を知っているアストライアが一足早く滑ると、指と唇の間に手を差した。
魔術師のキスは掌でそのまま口ごと押さえこまれる。
「っつ!?」
「やめろ、事件の糸口が見つかった。逃げるぞ」
少し乱暴だとは思ったが、壁に圧し低く告げると拘束されたヴィヴィアンは頷く。
開かれた扉が眼に入ったからだ。
「…。」
最近、アストライアに都合良く操られている気がする。
取り返した自身の白刃で鉄枷を斬り捨てて行く、呪われ騎士の後頭部を眺めながら。
ふと、そんな疑惑を抱きながら魔術師は素直に従った。
++
蝋燭の小さな火に照らされ、湿った灰色の石壁に5人分の影が映り込む。
何かと文句を言いたがる魔法使いの口を封じ、忍ぶ様に物音を消して階段を上がりきると、
いち早く変化に気付いた兵士が武装した鎧と踵を乱雑に打ち鳴らし向かってくるのが遠くに見えた。
「牢の方から大声が聞こえたぞ!」
「またあいつか!?」
問題ある囚人に呆れと腹立たしさとを含んだ言い合う声は明らかにヴィヴィアンヴァルツを示している。
「この厄病女め、お前と逢う時はいっつも何かに追われるな!」
「何ですって!それはこっちの台詞だわよ!?」
ユースティティアの案内で地下牢からはすんなり脱出する事が出来たが、城外に出るには彼等の目をすり抜ける必要もある。
見張りが地下に戻った姿を扉越しに覗き、本人がぎろりと後ろを振り返った。
「どうせ今回もお前の魔法が誤作動したとかじゃないのか??」
「キィーーー!!それほど私の恐ろしさを知りたいのなら教えてあげるわっ、ヴィヴィアンヴァルツ!!」
まるで自分達は此処にいると知らしめているかの様。
脱走する際の暗黙のルールすらも知り得ない二人の魔法使いが騒々しく言い争いを始めると
すかさずアストライアの一喝が飛ぶ。
「後 に し ろ」
厳しい口調で叱られ、しゅんと肩を丸める魔女と渋々従う魔法使い。
一同を穏やかに笑むと最後尾から眺めていたユースティティアが行き先を促した。
城内はまばらに使用人の姿が戻りつつあった。
窓から差し込む月光は柔らかく白磁の床に注がれ宵闇の空気が冷たく流れる。
装飾品や廊下にまで溢れた調度品の間を掻い潜り、足早に仕事場へと戻る従者をやり過ごしながら
慎重に進む。
一足先に潜んでいたイシュタムが食糧を積んだ箱の中から顔を出し、じゃがいもの隙間から左右を窺う。人が居ないと合図を送れば、一同は彼の元に駆け寄る。その繰り返し。
しかし円滑に運ばない逃走は時間ばかりが過ぎ、兵士の数も増えてゆく。
ユースティティアとティターニアが最短の脱出口だと合意し、目指したあと数歩手前で5人はとうとう路を塞がれた。
城の正面から外れた裏手に街からの荷を運ぶ搬入口がある。
まだ使用人が戻れない内にそこから逃げ去る予定だったのだが…と騎士は表情を曇らせた。
扉は通路を挟んだ目前。しかし騒ぎを聞きつけ、魔術師を警戒した城の兵士達が城の巡回をかね
早くに戻って来たのだ。
そもそも連れだって逃げる人数が多すぎたのだろう。
現在身を潜めている食糧庫にも人が来るのは時間の問題だった。
それぞれが不安に重く口を閉ざす中、ふう、と溜息交じりにアストライアが一歩進み出た。
「俺が囮になる。残りはその隙に逃げろ」
さらりと。いとも容易く言ってのけるアストにヴィヴィアンとユースティティアが驚顔で身を乗り出す。
「何でお前が!?そんなのこの中で一番役に立たない奴がする事だ!」
そう言って右往左往するばかりのティターニアとイシュタムを指差した。
「自分が」とは言わない辺り、ヴィヴィアンらしい。
兵士に知られていない彼等が出て行っても囮には成らない、と苦笑すれば
「それならば私も残ります!」と青年が勢い良く立ち上がる。
「ちょっと、困るわ!?墓を掘り返すのに男手が必要だから連れだしたのよ!?
囮はヴィヴィアンヴァルツで良いじゃない」
「んな!?俺が居なくなったら皆が困るだろう!」
頼れる二人が居なくなっては大変と、ティターニアも間に割って入ると今度はヴィヴィアンとイシュタムが
同時に慌てふためく。
「そうですよ御主人、本来の目的はヴィヴィアンヴァルツに面倒で難解な解呪を全て押しつけようって!」
「あら、そうだったわね」
「あぁん?」
突然犯人呼ばわりされた理由が漸くはっきりしたと、ヴィヴィアンが腕を組み、柄悪く二人を睨みつける。
「あっ」
いつも一言余計な事を言う、喋り過ぎた自分の口を抑えるがもう遅い。
「お前等、そういう事だったのか」
「決まりだな。ユースティティアは一刻も早く王子の元へ」
一番の部外者が誰かははっきりした。
本来なら来る筈の無かったヴィヴィアンヴァルツの同行者だ。
アストライアはひらりと鞘に収まったままの剣を抱え、制止を振り切り身を踊らす。
弔いの場で捕えた筈の囚人が城内に現れ、兵士の一人を手にした柄で殴り付けると途端に
騒ぎが暴走する。周囲の視線は一様に、通路の真中で不敵にも武器を構え大勢を巻き込む、見ず知らずの騎士へと注がれていた。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨