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LOVE FOOL・前編

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まるで恋人同士の様な一時に至福の微笑みを浮かべ、それからはたと慌てて身を乗り出す。

「そういえば、昨日妙な男がヴィヴィアンを探し回っていたって。見た?」
 常に携帯している星のステッキを振りながら、彼女はヴィヴィアンにそっと耳打つ。
カカベルの話によると、ヴィヴィアンがメーガナーダの家で催眠に入っていた日中、怪しげな旅の騎士が
街中行方を聞き歩き、探し回っていたと云うのだ。
「ふーん、知らないな」
「全く気持ち悪い話だわね!」
 表面を薄く焼いた芳ばしさと甘いソースを頬張り、魔術師は素っ気なく返す。
さほど関心がない当事者とは真逆に、遅れて運ばれた同じメニューを受け取りカカベルは
声を荒げた。
 取るに足らない人間がヴィヴィアンを軽々しく求めてくるのが気に入らないのだ。
「うん、美味しい」

 角砂糖を琥珀色の液体に落とし、口に含んだ彼女は誰にともなく呟く。
陽が昇ると共に上昇する気温を肌に感じ、晴れ渡る青空の下で優雅な朝食を取る。
この際だから、もっと甘えてしまおうか?
「ね、その指輪近くで見…」
「…。」
 どこか上の空でカップを手にしている双眸に顔を近づけ、恐る恐る訊ねるけれど
 カカベルは無言で見返す瞳に言葉を呑む。
なんでもないと首をふり、誤魔化す様にカップに口をつけた。
「気持ち悪くて申し訳ない。しかし此方にも押し迫った事情がある」
 重苦しいガントレットがテーブルのティーカップを震るわす。
ガチャリと硬質な金属音がカカベルとヴィヴィアンの間を裂き、同時に声の方向を見上げると、
見覚えのある男が引き攣った表情でテーブルに両手を付いていた。
「ようやく見つけたぞ、ヴィヴィアンヴァルツ」
「お前…昨日の当たり屋!」
 人聞きの悪いヴィヴィアンの言い分に男の眉根が寄る。
 オレンジかかった茶色の髪を後ろに撫でつけ、騎士は昨日と同じ姿のまま、肩に荷物と剣を抱え
目の前に立つ。
 何の約束もせずに割り込んでくる邪魔者の登場にカカベルは目を鋭く光らせた。
「お前の事情なんて知るものですか。ヴィヴィアンヴァルツは暇ではないの、出直してきなさい」
「勿論そちらの要件が終わってからで構わない。これは人命にも関わる…っ!」
 突然掌ほどの炎が走り、言葉が途切れる。
自分を軽くあしらい、ヴィヴィアンへの言葉を尚も続ける男の喉元を焦がすファイヤーボールは
 カカベルの放った得意技だ。
少し脅かしてやろうとでも思ったのか。彼女は炙る様に炎を男の躰目掛けてチラつかす。
ブラウンの瞳を細め、身を避けると滴の様な透き通ったブルーのピアスが揺れる。
「…止めるんだ」
「止めてみたら?」

 身を退く騎士の言葉にも炎の魔女は挑戦的ににじり寄り、くすくすと笑みを零す。

(そろそろ行くかなー)
 二人のやり取りを面倒臭げに眺め、ヴィヴィアンはそっと席を立つ。
彼女が力ずくで追い払うのは今に始まった事では無い。
しかし、今回は。
くるりと踵を返した背後で、カカベルの細い悲鳴が聞こえた。
「カカベル?」
 自分ほどではないが、彼女の能力は少なからず認めている。
 そのカカベルがまさか?
ヴィヴィアンが振り返ると、炎の球体がぼんやりと男の全身に纏わりつく幻影の様なもう一つの
巨大な焔に呑みこまれてゆく光景だった。
「な、何なの…こいつ!火炎を吸収する焔なんて…そんなの!」



 信じられないと、吃驚しヴィヴィアンに顔を向ける。
向けられた炎を吸い込み、再び騎士の身体に身を隠す何かの存在に魔術師は紫水晶の双眸で
初めて彼を見据えた。
「その焔。四元素の、自然形態ものじゃないな。どうやって出した?」
これまで寡黙を通してきたヴィヴィアンヴァルツとようやく視線が交錯する。
面倒だ、関係無い。早くメーガナーダの元に行きたいと思う反面、好奇心が拭えない。
天才魔術師らしい問いかけに騎士は、ようやく安堵に肩の力を抜いた。
「判らないからお前をずっと探していた。こいつをなんとか解呪して貰いたい」

++
 優雅に朝食を取る二人の前に、穏やかではない風体の騎士。
 周囲と店側から注がれた怪訝な視線に気が付き、青年は間の空席に腰を下ろす。
そうして彼は自分が何故ヴィヴィアンヴァルツの名を知っているのかを説明した。
「此処で知識が得られればと思っていた、何か知っているなら教えて欲しい」

 身に覚えのある「滞在保証書」と図形の模写を見せられ、ヴィヴィアンは苦々しい表情で背もたれに
深く身を預ける。
 しかめっ面ではあったが、昨日ほどの刺々しさは消えていた。
保証書は確かに自分がサインした物に間違いはなく、期限はあと22時間。
 イエソドに初めて来たルージュもこの男も知らないのだろうが、他人の書類を持っている時点で
「不法入都」とみなされ、期限延長、再発行など到底不可。
 武力よりも誓約書の文字が大いなる権力を持つ独立都国。
時間以内に魔力を取り戻し、解呪するなどもっと無理な話だ。

「確かに。それじゃあ生活も不自由だわね?」
 テーブルに差し出された図形とそれを見据えるヴィヴィアンの顔色を交互に盗み見、ティーカップ
越しにカカベルは問う。
「やっぱり吸われてる、不思議」
 他人を全く視野に留めないが、一旦興味を持った対象にはとたんに警戒心を失くすのが
此処の住人である習性なのか。
 ペタペタと遠慮なく男の胸や腕に触れ、炎の使い手はじっと己の掌を見た。
彼らにとって自分は研究材料、何者であるのかはどうでも良いらしい。
 未だ名を訊ねられないのがその証拠。
騎士は右腕を庇う様にして抱える。

「炎属性じゃなくて、単にチャージした炎を吐きだしているだけかしら?」
「ドレイン系ならもっと貪欲に襲ってくる筈。奴等に防御だけで留まる理性は無い」
「エレメント、五行元素でないなら四元のどれか。闇と魔じゃ判別が難しいわ
まあ、私が調べればそれほどじゃないけれど」
「魔属性なら魔族の紋章が何処かに記されているだろうし、闇なら光を拒絶する。
夢幻は人を呪わないしな」
「ええ、夢幻は物質と精神の間に関与する。人体に影響を及ぼすとは聞いた事がないわ」
 星型の杖を額に着け、きりっとした魔術師の面持ちでカカベルが訊ねればヴィヴィアンも
思慮深く言葉を返す。
 そこに先程までの怠慢さは心の内に潜み、探究心のみが彼らの原動力。
突然目の前で展開される魔術師達の専門用語に、置いてけぼりの騎士は一人瞳を瞬いた。
彼らは自分達が道徳や信義に費やす月日を、全て知識の追求だけに注いできたのか。

 偏見を抱いていたのはこちらのほうかも知れない。
純粋に無邪気に。呪いの原理を解き明かそうと意見を交わし合う魔術師達に、意図せず
騎士は表情を緩ませていた。

 思えば呪いを受けてからどれだけ多くの人間を殺しかけてきただろう。
これまで彼の出会った魔術師はどこか皆保守的で、間違うまいと質問の答えに数日間も待たされた。
仕えていた皇女の取り成しで国中の術師を集め、ようやく錬成した青銅の籠手ガントレットに
魔封じを施し、最小限抑え込む事には成功したが焔は機会があれば外界に出ようと姿を現す。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨