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LOVE FOOL・前編

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記憶の中は数十分程度の出来事に感じていたが、どうやら半日ほども眠っていたらしい。
思いもよらない時間の浪費に、ふつふつと怒りが沸く。

「あの女…よくも俺をこんな目に!何が指輪と同じ、だ!」
 覚えていないのはきっと故意的な仕業だろう。
 元凶は判った。しかし、記憶を遡っても解除の糸口は掴めないまま。
あれほど力を持つ魔女ならイエソドにも名が知れている筈だが、ヴィヴィアンには心当たりが
まるで無かった。
 起きると途端に耳障だと感じるメトロノームを指先でせき止め、おもむろに自身が寝ていたベッドを
振り返る―と、やはり自分と同じ様に、重い頭を抱えながら躰を引きずるメーガナーダを見つけた。

「おい。何故お前まで催眠に掛っているんだ」
「すみません、こんな筈では…」
 窓際に立ったまま、威圧的に訊ねると彼は直ぐに黙りこむ。
 倒れた拍子に後頭部でも打ったのか、彼は顔を顰めながらもぎこちなく笑うばかり。
肌蹴たシャツを元に戻しながらも、ヴィヴィアンは不満を露わに映した。

 詠唱が無いなら無効には出来ず、呪いでないのなら解除は出来ない。
思う様進展しなかった苛立ちに語尾が荒れる。
「メーガナーダ、催眠術はこんなに時間がかかるものなのか!?もう日が暮れるじゃないか」

 ますます厄介な方向に進んでゆく自身の災難に深い溜息を吐き、続く詰責は半ば八つ当たりを含む。
身支度を終え、髪をふわりと掻き上げるとメーガナーダは済まなさそうに苦笑した。
「いいえ…普通ではあり得ません。ましてこちらが弾き出されるなんて…」

 無理やり覚醒し吹き飛ばされたのはヴィヴィアンばかりでは無かったのだ。
いつの間にか同調し、催眠に入っていた彼も記憶から締め出された。
記憶の中であった筈なのに、彼女は「其処」に実在し意思を持つ。

 魔族とも闇の者とも違う属性。
ましてヴィヴィアンヴァルツですら手玉に取る様な強大な力に成す術もなかったと、喉に手を当て
深く考え込む。

「明日、もう一度。これからお互いに調べた情報を持ち寄って、
今度はあの女性と出会った直後に潜ってみましょう」

 力の無さを痛感しつつも、穏やかな面持ちをくしゃりと寄せメーガナーダは申し出た。
加えて、今は。インドラがそろそろ貴方に気付くかもしれないと。
影の濃度が増し、明暗のコントラストを描く部屋から二階を仰ぐ。

 心なしかぎしりと軋む足音が聞こえた気がしてヴィヴィアンは肩を浮かせた。

「そ、それは仕方が無いな!」
 別に怖い訳じゃないけど!
そう低く呻きながらもコートを掴み、彼は足早に部屋から脱兎する。
いち早く外に転がり出る彼の意外な機敏性に驚いた表情でメーガナーダの眦が瞬き、
やや間を空け仄かに笑む。
家を飛び出すヴィヴィアンにひらひらと手を振り、オレンジ色の陽に溶けてゆく銀髪を見送っていた。
ぱたぱたと走り去る背中は子供の頃と少しも変わっていない。



 身体的に成長を重ね、能力も美しさも増すばかり。
何も変わらない。

 何一つ、彼の中で罪悪感など微塵も生まれてはいなかったのだ。
 一言の謝罪も感謝も無い、あの男は。
他人に奉仕されるのが当然だとでも云う顔で、よくも自分の前に現れたものだ、と。

 じわりと沈む陽の空が白い彼の家と真紅の庭を暗く包む。
翳った部屋の中で微笑む面貌が、閉じた扉一枚を隔て黒く凍てつく。
灯も点けず、伏せた顔から吐き出されるのは先程までの彼とは真逆の一言であった。

「あの口…一生喋らなければいいものを」

 ドアに額を擦り、糸が解けた様にメーガナーダはずるずると床に座り込んだ。
ぎし、と天井が軋みを上げる。

 夕暮れ時であった陽は月光と擦り替わり、階段の一層濃い影に視線を向けると、かつて
幼いヴィヴィアンが棲んでいた部屋がうっすらと開く。
隙間に浮かぶ人影は床にべったりと貼りついていた。

 彼は灯を極端に嫌う。その為、部屋から出てくるのは決まって日没後。
頬を付け床の上を這う様に降りてくるのだ。
 メーガナーダよりもひと回り小柄で、くるくると視線をだけを目まぐるしく動かす青年インドラジット。
素性は詳しく知らないが、彼は類を見ないヴィヴィアンフリークでかつて住んでいた部屋に住みたい、
そんな不純な動機でやって来た呪術師だ。
窓も通気口も塞ぎ、ヴィヴィアンの吐いた空気を未だ大事に取ってある。と本人は云うが、
 おぞましい室内を確認した事は一度も無い。

 新緑色の鮮やかな髪に紅の瞳。
赤いフレームの眼鏡を愛用し、整えればそれなりに見栄えする顔だと思うもヴィヴィアン以外に
興味は無い様だ。
 彼は今日も蛇の様に身をくねらせながら、器用に階段を下りると鼻をひくひくと動かす。
それからはっと身体をもたげ、満面の笑顔で此方を見上げ第一声を叫んだ。

「ヴィヴィたんヴァルツの芳しい匂いがしるー!」

「相変わらずヴィヴィアンの事になると鋭いですね。居ましたよ、ついさっきまで」
「ぎにゃー!自分だけズルっ、」
 メーガナーダが応えると、インドラジットは歓声とも怒声ともつかない音を発し床の上ごろごろ悶え転がる。
そのまま部屋の端まで回転し、起き上がると今度は軽快に駆け寄って来た。

「明日は?明日も来る?」
 丸い眼差しを高揚させメーガナーダに抱きつくと、彼は苦々しくも頷く。
「ええ、そう約束しました。でも貴方の好きなヴィヴィアンにはもう逢えないかも…」
「?」
 夜目の利く彼とは違い、ごく普通の人間であるメーガナーダは目の前を照らす燭台を灯した。
揺らめく焔に暴かれる表情は、久しぶりに心からの笑顔に見える。
 インドラジットは言葉の意味に首を傾けたが、彼が楽しそうならそれでもいいやと思った。
すぐに意識は明日来るというヴィヴィアンへ向かう。

 明日が待ち遠しい。
 この家に客が来るのは本当に、稀なのだ。

++

 昨日の憂鬱を引き摺ったヴィヴィアンヴァルツは文殿の最も近いカフェテラスで、注文のフレーバーティーを
待ちながら頬杖をつく。

 時間で云えば、今しがた清潔感ある素朴なウエイトレスに伝えたばかりだが、指輪魔術師は神経質に
テーブルを指で叩いていた。

 遅いー。だから店で物を頼むのは嫌いだ。

 言葉に出さずとも、態度でそうと知らしめる彼の姿は、良くも悪くも周囲を惹きつける。
長い吐息を吐き、椅子の背もたれに深く身を預ける、と小さく含んで笑う女の声が
柑橘系の湯気を纏ってカップとソーサーを目の前に差し出す。

「ヴィヴィアンヴァルツが注文を待つなんて似合わない。私のをどうぞ」
「気が利くじゃないか、カカベル」
 ヴィヴィアンに褒められ短い巻き毛の澄んだ眼差しが印象的な美女は当然、とばかりに胸を張った。
彼の好みは熟知している。
 注文した後、直ぐに自分の元に運ばれた紅茶を譲れば、自分はその間テーブルを共に出来る
という打算の上。カカベルは顎の下に手を組み、うっとりと目の前の魔術師を眺めた。
 自分独りで堪能出来る幸運に酔い、付き合わせのブレッドにジャムを塗ってやる。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨