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LOVE FOOL・前編

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 それは竜巻。
 もっと身近な物に言い表せばフードプロセッサーとも似ていだろうか。

 障壁というには少しばかり攻撃的過ぎない?
目の前に構築されてゆく言霊の壁を驚愕と感嘆の瞳で見据え、それからヴィヴィアンの放つ無言の重圧に震える腕を真っ直ぐに伸ばし最後の言葉を云い放った。

「殺させない…アースも、ビビも、みんな守って見せる!」

「…ち…」
 目の前に塞がる眩い閃光の壁に、じり…とバアルは一歩退く。
まさか、本当に呼び出すとは。
 濃赤の眼が一層深く、険を含んで召喚士を見据える。
「忌々しい」…と、毒を吐かずとも細い眼差しはそう語っていた。
悪魔は自身の結った長い黒髪を爪で梳き、笑声を吹く。
「クソビッチ。まさかそいつ等が都合良く俺一人だけを始末するとでも思っているんじゃ
ないだろうな?」
「…え…」
 神々しく闇と光を隔てる盾は、今や檻の様に床から天井まで張り付いている。
バアルはブリジットの額中目掛け、突き刺す様に爪先を向けた。
 「アースも死ぬ事になるぞ、何たって俺と同じ悪魔だからな!」

「そんな…ビビ!?」
「…。」
(こいつ!余計な事を!)

 しかし、そう叫んでしまえば認めた事になる。
真意を確かめるブリジットの呼びかけに、ヴィヴィアンは応えず唇を噛むしか無い。
後ろめたく視線を反らす横顔に、にやりと冷笑を浮かべるバアルの熱弁が勢いを増す。

「流石は俺の妃、…になる男。
何も知らない友を騙して、仲間を犠牲にする事なんか厭わないか
けど、アースは俺の大事な幼馴染でもあるんだぜ?少しは大事にしてくれないと」
 その幼馴染をこんな姿にしたのは誰だというのだろう。

浮かぶ言葉によって紡がれた、悪魔を滅す一節と触れたバアルの指から発す耳を覆う激しい衝突音が甲高く響く。
外側から破ろうと力を込める軋轢に部屋全体がずしりと沈んだ。
「…嘘、だよね?」

 脱いだ自身のローブでアースの躰をふわりと抱き、極端に言葉数の減った魔術師を振り返った。
 痛みで感覚の無い、冷たくなった指先は要領良く動かせなかったが、それでもブリジットは
彼の顔に垂れさがる髪を払ってやる。

 不信感の募る翠瞳とそれを面白そうに眺めるバアル。
二人の間に挟まれヴィヴィアンは組んだ腕を更にきつく絞めながら視線を横に泳がせた。

「ブリジット…。実は…」

 いまだ応えを迷っている銀髪の魔術師に、青年は表情をすう、と消す。
ヴィヴィアンが自分に何を言おうとしているのか、とうに見当がついていたのだ。
これまで他人に嘘をつく必要など無かった彼が、ここまで言葉を濁すのはやはりー。

「…。」

 ブリジットは悲しみを湛え、床に広げられた本の海原に顔を伏せる。
聖域と化した部屋の入り口では一筋の亀裂が防御壁を伝い、真紅の爪が光の刃を捉えていた。
 あれからことりとも動かない友人の体躯を抱き寄せ、どちらとも引かない攻防を映す。

 否、此方が押されている。

(やはり自分は無能だ)

 アースの様に賢くもなく、ビビの様にも強くない。
 強く思うだけでは、何ひとつ成す事は出来ないのだ。
金属質の高い音を立てながら、自分の召喚した障壁が引き裂かれようとしている光景に顔を歪めた。

 心中にもやもやと黒煙の様に広がる不快な感情。

それが何であるかも判らないまま、ヴィヴィアンはうろうろと部屋の端で右往左往を繰り返す。

(大体、あいつが自分で言い出した事なんだぞ?
それなのに何故俺がここまで責められなくてはならないんだ!)

 文句を言いたいがそれどころでは無い。

 苛々と握った拳を小刻みに振り、本当に悪魔の花嫁に成りかねない術師は神経質そうに呻いた。

『これは「お前という人間」にしか頼めない』

 そう切り出すアースの言葉は天才魔術師の優越心を確実に射抜いていた。

「お前は人間の中では珍しく偽善が無い。良心の呵責もなく最も正しい選択が出来る」
「それ…褒められてるんだよな?」

 他の誰でも無い、ヴィヴィアンヴァルツだからこそ可能だと言われれば引き受けない訳にはいかない。
たとえそれが仲間を見殺しにする約束でも、だ。


「…嘘に決まっている」

「!?」
 頭からすっぽりと被ったローブの陰から、ふいに仄暗い囁きが鼓膜を掴む。
 冷ややかな温度も感じさせない。
 無表情な声。
「アース!」
 瞳を大きく開き、ブリジットは身を乗り出した。
自分の姿を晒したくないのか、彼は法衣を引き寄せ暗闇の奥から藍色の眼光を覗かせている。
「そうだな?ヴァルツ」
「お前…」

 念を押す鋭い一言につられ「そうだ」と首を前に倒す。
ヴィヴィアンの言葉は信用出来なくとも、彼の言葉なら鵜呑みにするのか。
 深く息を吐き、青年は肩の力を抜いた。
「随分と無茶をしたな」

 アースは低くなった躰を這わせ、床を擦ると壁に半身を預けた。
「ごめん…なさい」
「謝るな、怒っている訳ではない」

 自分に触れたせいでの変わり果てたブリジットの両手に苦笑する。
しょんぼりと肩を落とす気弱な友人に頭をこつんと打つと、薄く二人は微笑んだ。
 悪魔にも痛覚があるのかは、その陰った表情から汲み取れない。
正確には、そう感じた。


「―ち!俺の前でイチャついてんじゃねえっ!アスモデウス!」

 バアルの注ぐ視線は初めて出会った時と変わらず、憎悪を燻らせ眉間に濃い皺を作っている。
 纏う闇が一瞬で大きく膨れ上がった。
「友好的に済ますのはもうヤメだ。お前から始末してやる」
「…!」
 背後に広がる深い暗黒の翼が機内一体に影だけを落して羽ばたく。
バアルの宣告と共に眩い火花を散らしていた障壁と、内側から留めていた精霊の小さな躰が吹き飛んだ。

「押し破られた!?」
 自分の顔目掛けて垂直に飛んでくる召喚の民を鼻先すれすれで避け、思わずヴィヴィアンは声を上げた。
壁に強く羽根を打ちすえ、悲鳴を発すと光の民は床に落ちる。

「絶対に入って来られないんじゃ…」
「お前の障壁浄化よりも、俺の再生能力の方が速い。クソが、死ぬほど痛いじゃないか」

 一歩、部屋の奥に踏み込む度、バアルの足元が塵に変わって焼き消える。
けれど消えた身体の一部は後を追う彼の黒い体液によって再構築されていた。

 床に広げた紙面を踏みにじり、彼はブリジット蹴り倒しアースを自分の顔の前に吊るす。

「…っ」
「喜ぶがいい人間共。今日限りで7の大罪は6つになる」
 もはやまともな抵抗も出来ない四肢の彼を凍えた双眸で見下ろすと、それまで毒を持つほどの華美ではあったが端整な面持ちの唇が真横に大きく裂けた。
 黒髪の奥で真っ赤に割れた口には小さな、鋭い牙が並ぶ。

 肉食の爬虫類を思わす、醜悪なそれがアースの首筋を抉る。
 骨が砕け、身を食む音。
ブリジットがバアルに飛びかかるも何の効果も無い。

「や、やめて!…ビビ、なんとかして!」


 悲鳴を上げながら泣きじゃくる背中を押しのけ、ヴィヴィアンは白く落ちた顔色を拭った。

「…ブリジット、お前この石が好き、なんだよな?」
「え…?今、そんな話…」
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨