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LOVE FOOL・前編

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 ブリジットが息を呑んで『彼ら』を見守る中、金色に選別された文字は空中へと切り剥がされ、螺旋の描きながら二人の周りに言葉の帯を作る。

「これが…光の民…」
 解読は出来ないが、地上の言葉で無い事は自分にも判る。
 威厳に満ちた眩い光を掌で遮り、ヴィヴィアンに掴まる身を強張らせた。

「いや、これはただの審査役。俺達は試されてる」
 もう一度、と語る視線に頷き、ブリジットは再び呼吸を整え、謳う。

「輝かしき御身を示し、神曲にも勝る吹弾を我らに聞かせ給え」

「『出でよ光の民。我ら至高なる集いの内に』」

 詠唱に詠唱が重なる。
一方は無力、一方は無知。

 変わった召喚者に、彼らは興味を抱いた様だった。
 きゅるきゅると喉を鳴らしながら光はブリジットの周りに飛来する。
掌を伸ばせば、それは甘える様に収まった。
光の中心に何かが居るのだが、発光しているせいで輪郭が見えない。

「お願い、僕達を助けて」
 人の言語が通じるのかは不明だが、自然とそんな言葉が口をついていた。
温かい熱に額を擦り寄せ、幾重にも連なり周りを走る言葉のゲージに身を任す。

 あと一歩。
 型とは違うが、魔術には素質が絡む場合がある。
ヴィヴィアンは属性の染まり始めた室内を見渡し、肩から力を抜く。
 二人の表情にも、幾分緊張が解けていた。


「不浄なる、醜悪なる闇に沈みし誕生無き咎人を、楽園の円卓から引き摺りおろせ」
「…?」

 最後の一説を囁かれたブリジットの瞳が、ふいに曇ってヴィヴィアンを窺う。
「どうした?」
 気がつかれただろうか?

 内心の焦りを隠し、冷淡に問う。
勿論、言われなくともアースと交わした「約束」は果たすつもりだ。
 けれど今のヴィヴィアンは、出来る事なら避けたいと願っていた。
らしくもない。と視線を反らすが、彼はヴィヴィアンではなく扉の方向を指し示す。

「今…何か…聞こえ、っ!?」

 再び響く不穏な物音に、身を強張らせる。
扉の外側から何かを打ち付ける様な、不快な音が振動を伴って部屋に響く。
 今度はヴィヴィアンの耳にもはっきりと聞こえたそれは数度目かでドアを大きく歪ませた。


―みしり。みし…。

 軋む音を立て、これで最後だとばかりに叩き付けられた衝撃に防音仕様の厚い扉が
吹き飛んだ。
 鋼鉄の金具を撒き散らしドアの合った部分がぽっかりと口を開く。
 中央のブリジットを目掛け投げつけられた板は紙一重、ヴィヴィアンが引き寄せていたが
ドアを叩いていた者の存在に彼は喉が潰れんばかりに叫ぶ。


 人の身体では無い空虚な存在には血も内臓も零れてはいなかったが、それでも直視を躊躇わせるほど。
 片腕も肘から焼け、下肢に至ってはまだ腐蝕が身体を侵している。
顔から叩きつけられたであろう面持ちに、もはや良く知る彼の影は無い。
 眼は抜け落ち、割れた仮面の様に空洞な闇を晒していた。

「アース!アースっ!!」

「ブリジット、行くな!」

 押さえつけるヴィヴィアンを突き飛ばし、ブリジットは変わり果てたアースに駆け寄る。
「やだ…やだよ!返事をして…」

 もう感染など、どうだって良かった。
溶けるなら溶けてしまえば良い、こんな身体。

 ことりとも動かない彼を掻き抱き、その胸に顔を埋め啜り泣く。
 部屋の外に広がる闇は濃く、機内すら呑み込んでいた。


「ベルゼブブ…。
お前の真実の名において命ずる、灰は灰に塵は塵に。犯した罪もろとも冥府に還れ」

 術が発動してしまえば、不可侵の聖域が発生する。

 その前にブリジットの感情を掻き乱すつもりなのだ。
口惜しいが、バアルの策は成功だと認めざるを得ない。
 目の前に果てなく広がる暗黒の中、嘲笑する真紅の唇を黙殺しヴィヴィアンは呪詛を吐く。

「相変わらずの懲りない口がたならなくセクシーだな。
ベイビー、俺に塞いで欲しくてやっているのか?」

 瞳と唇。ネイルとブーツの鮮やかな赤を滴らせ、バアルは抜けたドアの枠に腕を着くと
ヴィヴィアンに向けてキスを投げた。
「だっ、誰がだ!」

 このパターンは前にもあった気がする。
不愉快なデジャヴに怒り心頭で叫ぶヴィヴィアンをバアルは嗤う。
 やっかいな裏切り者を始末し、揺るがない勝利は目前だと余裕を浮かべる灰白の顔を睨みつけるも悪魔にその効果は無い。
却って歪んだ性根の持ち主を喜ばせるだけだった。

(まさかここまで力の差があるとはな…)

 ぺたりと腰を着け蹲る背中越しからブリジットと変わり果てた友人に視線を移す。
小さく震える肩には先程の小さな光が心配そうに瞬き、健気にも二人を引き離そうと青年の髪を引いていた。
それが彼の身を案じての行動だとしたら召喚は成功している。
(なら…)
 ヴィヴィアンは上辺の平然を保ったまま、扉に凭れるバアルとの距離を開き思考を回転させた。
 舞い上がった言葉の羅列は未完成のパズルを彷彿とさせながら、宙に漂う。
途切れた詠唱に合わせその動きを止めていたが、黒く淀んだ機内から隔絶された一室は
聖域の様に澄みわたり、悪しき存在を拒絶していた。
 結界への侵入が赦されるのは加護を得た物だけ。
 悪魔が踏み込めばたちまち粉砕される。
バアルが直ぐにでも部屋に乗り込んで来ないのはその為だろう。
 光の民は応えた。
彼らは殲滅する許可を求めている。
あとは本人の意思次第。

「…ブリジット、続けよう。お前とそいつの治療はそれからでも間に合う」
 ヴィヴィアンはひっそりと耳元で囁く。
「治療…」
 両手は膝に抱えたアースの身体と同じ様に変色していたが、外的な痛みよりも精神的苦痛が上回る。
自身の状態に全く気がついていない光の召喚士は、最もなヴィヴィアンの言葉を繰り返し呟き、虚ろに沈んでいた顔を華やかせた。

「そうか…そうだよね…!」
 生気の失っていた緑瞳を大きく見開き此方を見上げる。
 勢い良く身を起こす肩から小さな光虫が床に転がり落ちると、ブリジットは感染した両掌にローブを巻き、掬い上げた。

「お前はいちいちトロいんだよ!」
「ご…ごめん」
 呆れるほどの善良さに額を抑え、魔術師はひきつった笑みを返す。
 いつもの習慣でヴィヴィアンに怒鳴られれば理由を考える暇なく頭を下げ、
自分を使って、と手の中で主張する小さな閃光の羽ばたきにブリジットは頷いた。

 一度として唱えた事の無い高位退魔法。
恐ろしく邪悪な存在を目の前に動かない脚をゆっくりと力強く立て、青年は光の民を宙に
解き放つ。
 簡単な盾を作ることさえ出来なかった。
無能と散々言われ続けていた自分が今、二人を救うのだ。

 言葉の精霊「光の民」、どうか力を貸してー。
ブリジットは教えられた言葉を再び唱え始めた。
 今やすっかり彼に懐き、自分こそが騎士だと傍らのアースを敵視した態度も窺える精霊は円を描いて飛びまわり、空中に停止したままの言霊を先導した。

 穏やかな声色に反応し留まっていた空気が言葉を纏って螺旋状に回り出す。
床に広げられた文字は一節ずつ、浮かんでは光を放ち、部屋一体を包み込んでゆく。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨